今から63年も前のことです。1945年の8月15日、小学生だった私は集団疎開していた山梨県のお寺でよく聞き取れなかった「玉音放送」に耳を傾け、その後の先生の解説によって「敗戦」の事実を教えられました。私たちは間違った教育を受け、「大東亜戦争」という「聖戦」に必ず勝利するという嘘を信じ込まされていたのでした。それだけに、子ども心にもその時の大きなショックと先生たちへの不信の思いは忘れることが出来ないのです。
「嘘」をいわないで、本当のことを伝える「真実告知」というのは、私の専門とする「バイオエシックス(生命倫理)」の基本原則の一つです。患者が、真実に基づいた情報を得て、治療の選択肢やリスクを含め、納得の上で同意する「インフォームドコンセント」という考え方を、日本で1980年代から提唱してきたのですが、これに激しく反対したのは医師会の当時のリーダーたちでした。
今から考えると想像もつきませんが、患者に真実を知らせるのは、「百害あって一利無し」というその当時の状況は現在では大きく変化しつつあります。高校の「社会」や「倫理」の教科書にもバイオエシックスが登場し、インフォームドコンセント、臓器移植、末期のケア、クローン羊など「いのち」の重要テーマがとり上げられています。
平和といのちをまもるために戦争・テロ行為に反対することも、バイオエシックスの重要な課題として、一昨年の日本生命倫理学会のテーマになりました。「バイオエシックス」は、医療や健康をめぐる倫理や価値基準、公共政策作りの問題であるだけでなく、自然・社会環境の中での様々な「いのち」問題に関わる実践的学問なのです。
恵泉女学園大学教育の三つの理念である「聖書」「国際」「園芸」は、いずれも「いのち」と深く関わりあっています。いのちのもとであるイエスキリストの「良き知らせ(福音)」に学び、いのちを支えあうための「国際理解と平和」を学び、そして自然を慈しみ育てる「園芸」を学ぶことは、それぞれユニークな三つの学びの理念でありつつ「いのち」のダイナミックな展開を学び実践するということにおいて、一つに統合されているのです。
本学園創立者・河井道先生の次の言葉に耳を傾けましょう。
「恵泉女学園とは、祝福された泉を持つ女子の学びの園ということである。小さな川も祝福されるなら大きな流れとなり、その川がさらに他の川の水を集めて、乾いた荒野の灌漑のための強力な貯水池ができる。私はまた、神の平和があたかも大海原を水が覆うように地の上にみなぎるヴィジョンを見る。国内の、また国際的な砂漠は喜びにあふれ、バラのように美しい花を咲かせるに違いない」