2008 年大相撲初場所、満員御礼の千秋楽「結びの一番」の余韻にまだ浸っている。東西両横綱そろっての相星決戦は5 年半ぶり。勝者が花道を通って控室にいったん引き上げる。そして、同じその花道を通って今度は賜杯を手にする。「休場していた相手には負けられなかった」という勝者の一言に思った。この勝負はずっと前に始まっていたのだと。時は14 世紀、北アフリカはタンジールにイブン・バットゥータという男がいた。21 歳の時に故郷を出て以来、足かけ30 年にも及び、今日のほぼ50 か国にまたがる地域を遍歴した法学者だ。飛行機もパスポートもなかった時代、波瀾万丈の旅を生き抜き、それを彼は記憶した。人間味あふれるまなざしがとらえた時代の驚異譚や経験が、やがて有能な編纂者に引き継がれて『大旅行記』となる。この一級史料もまた、去り際はるかに先行する大遍歴のたまもの。花道をかざる男たちの<ハナ>は、実は去り際にあらず、と思う。