マグロと七福神(日本)

2012年01月24日

2012年が明けて東京は築地市場、正月5日の初競りで一匹269キロのクロマグロが5,649万円という史上最高値で落札。「役者」は津軽海峡を回遊していて大間であがった。さぞ、幸せだったろうとマグロの気持ちを代弁した報道アナウンサーがいたが、「おい、本当はどうだい?」と人の胃袋におさまる前に聞いてみたかった。役者を見送った北の海の「花道」が今日は大寒の朝を迎えている。

破格の話題に関心も高かろうと制作されたTV番組であったのか、この頃に偶然にも素人が目にすることもないマグロ漁をみた。場所は竜飛崎、一本釣りするその漁師の心臓にはペース・メーカーが入っているという。自分の体重を優に超えるマグロを引き上げる壮絶な修羅場、その時だ。海に飲まれんとする釣竿をさばくその手は暴れる心の臓を鎮めんとしてまた七転八倒、ぐいと水をつかんで大飲みする姿が仁王立ち。驚いた、その漁師の口から「弁天様!」という絶叫がついて出た。

このブログが世界遺産の項目であることを忘れてはいない。海の男の口元でライブになった「弁天様!」とは弁財(才)天、七福神の一柱だ。2012年初春文楽公演第一部はその七福神で幕を開ける。世界遺産は形あるものだけでない。生身の人間が現在進行形で伝える技もある。大夫の語りに三味線が奏でられ、人形遣いの巧みに命をもらう人形浄瑠璃こと文楽、日本で生まれた「無形の」世界遺産である。その舞台に今春「弁天様!」が登場し、紅一点、龍頭の宝船に乗り琵琶を弾く。

ところでこの弁天様、ルーツをインドにたどる水の神様だ。七福神中、大黒天、毘沙門天もそうだ。仏教を通じて、日本人の生活に入り込み、大きな影響を及ぼしてきた。だからいつでも「ライブ」になる。北の漁師の絶叫はそれを教えてくれた。今春公演もそろそろ千秋楽。大黒天の胡弓を弾いた寛太郎君がよかった。海も舞台も同じ一発勝負。技のキレにプロの魂が光る。<写真は国立文楽劇場>

杉山圭以子(インド史)