「ドイツの心臓」の新たな鼓動‐ツォルフェルアイン

2012年11月14日

「ツォルフェルアイン」とは何か。日本語に訳せないことはないが、なまじ訳してしまうと却って混乱をまねくので、固有名詞と思っていただきたい。実態は炭坑である。1986年まで操業していた。それを産業遺産として博物館化し、往時の有り様を伝える施設としたのである。ただし実際の坑道に入ることはできない。この地域の炭層は深く、地下1000m以上に及ぶ。到底、一般の立ち入れるところではない。

ツォルフェルアインはエッセン市にある。エッセンとその周辺の町、ボーフム、ドルトムント、オーバーハウゼン等はルール地域の中心部で、ドイツ最大の炭鉱地帯であった。「ルール工業地帯」と言うと、聞いたことのある方も多いのではないだろうか。良質の石炭に恵まれ、鉄鉱石も産するため、製鉄業が栄えた。中でも有名なのがクルップ社である。型枠による鋼の成型に成功し、各種鋼鉄製品、殊に兵器の製造で一大財閥となった。クルップ社と並んでテュッセン社、ハニエル社等があり、ルール地域は「ドイツの心臓」と呼ばれた。
しかし心臓の鼓動の途切れる日が来る。まず20世紀の二度の大戦、特に第二次世界大戦によってこの地域は壊滅的な打撃を受けたが、戦後復興し、以前にもまして力強くドイツ経済に血液を送りこんだ。だが1960年代末から拍動が弱まり始めた。石炭から石油へのエネルギー源の転換、そして安価な輸入石炭との国際競争が原因である。1958年には127の炭坑が操業していたが、2002年、その数はわずか7つとなった。ほぼ心停止である。
ルール地域は新たな道を探り始めた。その一つが観光業で、ツォルフェルアインも装いを新たにして生まれ変わり、2001年世界遺産に登録された。広大な敷地にある複数の採炭施設、コークス製造工場等を見ることができる。「ドイツの心臓」は再び鼓動し始めたのである。

川戸 れい子(ドイツ近現代文学)