女性の人生の長さと強靭さを思う1週間。映画『ルーム』の紹介もかねて
2016年04月13日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美
入学式から早くも10日余りとなりました。今週から授業も始まり、キャンパスもまた学生たちの姿で賑わっています。この間、私は恵泉中学校の入学式、東京霊園での河井道先生の墓前礼拝に参加し、女性の人生の長さと女子教育の意義を改めて思う日々でした。
墓前礼拝に集まった同窓生の中には高齢の方もたくさんおられましたが、どの方も河井先生を心から慕いつつ人生をしなやかに強く生きて来られたお姿が印象的でした。あどけなさの中に恵泉生となる喜びと緊張感いっぱいの中学生の顔、新たな知との遭遇に期待を込めた大学生・大学院生の瞳の輝きを先輩諸姉の姿に重ねた時、女性たちが恵泉に招かれた意義を強く思うと共に、その時間が末長く未来に向けて引き継がれていってほしいと願いました。
さて、今日はもう一つ、映画『ルーム』について書かせていただきます。男に拉致されて狭い納屋の「部屋」に閉じ込められて暮らす母(「ママ」)と5歳の息子の息もできないほどのサスペンフルな脱出劇を描いて、2015年9月のトロント国際映画祭で観客賞に。その後、アカデミー賞でも主要4部門にノミネートされ、ブリ―・ラーソンが主演女優賞に輝いた作品です。
"アカデミー賞を貫いた愛の物語!「部屋」から脱出した母と息子の未来は...?" "若き本格派女優と天才子役の誕生!魂が慟哭する衝撃の感動作"等々の言葉で飾られた映画『ルーム』のパンフレットのCOLUMNに、私は"決して事件ではない。母子が置かれた現実の厳しさと救いを的確に描いた作品"というコメントを載せています。その詳細はここでは掲載できませんが、私は初めは同じく女性の拉致をテーマとした猟奇的な話題作『コレクター』(ウィリアム・ワイラー監督)を思い出しました。しかし、映画『ルーム』は『コレクター』の猟奇性とは全く異なるものでした。むしろ子育てに日々奮闘している母子の"日常の闇"を見る思いでした。ただ、この映画の素晴らしさは闇を描くことで終わっていないことです。むしろ、「部屋」から脱出した後の母子をめぐる周囲の人々の善意と無意識の加害性、そこから立ち直っていく母子の強さを描いているところにあると思います。
入学式の式辞で、私は女性の人生はこれまで、「女性は/妻は/母は・・かく生きるべし」と言う社会の固定観念にどれほど苦しめられ、その生き方を狭められてきたことかを伝え、そうした狭い道を行くことに満足してはいけない、「開拓者たれ」という河井道先生のメッセージを新入生に贈りました。映画『ルーム』の母親(「ママ)」の本当の苦しみも、「部屋」から脱出した後の周囲の人の「母とはかくあるべき」という固定観念でした。社会や周囲は、女性に対して、母となった女性に対して、優しさを装いつつ冷酷な面も潜ませているのです。ただ、「ママ」の苦しみに真摯に寄り添う人々も登場します。その人々の支えを得て、彼女が健気に立ち上っていく姿を見事に描いている点に私は胸打たれました。
「何も咲かない寒い日は 下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く」という言葉も私は式辞の言葉に入れましたが、まさに根が下へ下へと伸びることを支える土壌となるもの、すなわち真の支えとは何かについてもまた、深く考えさせられる映画です。