"良い母"プレッシャーに負けないで!

2016年05月23日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

今、女性が母として生きることは何と難しいことか。このひと月、ラジオやテレビの出演、女性雑誌の取材を通して改めて考えさせられました。
ラジオはNHKの「こそだてカフェ」。私は毎月第1火曜日9時からの30分程の時間帯に出演していますが、5月は3歳の娘にきつくあたってしまう母親からのご相談でした(5月10日放送)。テレビはNHK「すくすく子育て」で、良い母でなければという重圧に苦しむ母親がテーマ。こちらは今週5月28日21時~放映予定。雑誌は「VERY」で子どもの嘘に悩む母親がテーマ。6月発売予定の7月号です。

テーマはそれぞれに異なりますが、いずれも子育て真っ最中の女性たちから寄せられた生の声にお応えしています。30代~40代、家庭でも職場でも元気いっぱい活躍している世代です。現にテレビ局のスタジオや雑誌取材の場でお会いした母親たちは、とても素敵で輝いて見えました。でも、じっくりお話を聴いていくと、その胸の内は外見とは裏腹に悩みや不安、戸惑いを抱えてさまざまに揺れていて、聴いているのも切なく胸が痛む思いでした。"言うことを聞かないわが子を、つい大きな声で怒鳴ってしまった""子どものささいないたずらや嘘、失敗が許せなくて、大泣きさせるまできつく叱りつけてしまった"等々からご相談が始まりました。そして、なぜ、いつも笑顔で穏やかで優しい母親でいられないのか、と自分を責めているのです。

母親が感情的に怒りを爆発させて子どもに理不尽な対応をすることは、けっしてのぞましいことではありません。やがてそれがエスカレートして虐待に至るケースもあります。
無自覚の内に、あるいはしつけでしているのだと自己弁護し、合理化します。でも、母親たちの多くは、そうなってはいけないという自覚をしっかり持っています。
虐待に関する報道や情報も数多く聞かれる昨今ですから、自分の言動を振り返る人も少なくありません。私がお会いした母親たちも、怒ってしまった後で自分の言動を反省し、ひどく後悔している人たちでした。それだけに、私の胸が痛んだのです。

しかし、母親たちの声を聴いていて私が一番切なかったのは、自分のしつけのあり方一つで子どもの将来を決めてしまうのではないかと思いつめていることでした。
"もっと視野を広くもちましょう!子どもにとって母親の存在は大切。でも母親の影響だけを受けて子どもは育つ訳でもないのです。周囲の人の力と手も上手に借りて、のびやかに育児を楽しんで"と言っても、その周囲の人の目が母親たちは怖いというのです。
「母親は立派でなくてはいけない」「いつも優しく慈愛に満ちて」という一面的な母親像を女性たちに押し付けてきたこれまでの社会の在り方も振り返らなければなりません。

NHKラジオの放送では、リスナーの男性から "子どもが一番望んでいるのは、いつも笑顔で怒らないお母さんではなく、自分の存在を肯定し、共感してくれるお母さんです"という声が寄せられました。子ども時代に親の夫婦喧嘩が絶えず、母親はその八つ当たりからか、彼の人格を否定する言葉や感情をぶつけ続けてきたということでした。

怒らない母よりも、子どもの心に寄り添い共感できる母でいることが大切ということは、その通りです。そのためには母親自身にも共感者が必要です。
イクメン現象も普及化しつつある昨今ですが、妻が本当に求めているのは、育児の助っ人だけではないのです。「人生を共に生き、分かち合う同士」なのです。"妻は母となったのだから育児に専念することが自然でしょ。その育児が大変なら、僕も手伝うよ"という夫たちは、どんなにイクメンであっても、妻の人生を母としての枠にだけ閉じ込めて、結果的に妻を苦しめています。子どもは可愛い。聞き分けがないのも当然と頭ではわかっていて、なおいら立つ母親たちの心の闇は、母となった途端に、一人の女性として、一人の人間としての時間も生き方も忘れ去られてしまったかのような虚しさと焦りなのです。

私が代表理事を務めているNPO法人あい・ぽーとステーションでは、地域の方々が「子育て・家族支援者」として活動できる講座を10数年実施しています。先日、その講座を修了した認定者のお一人が次のような感想を寄せてくれました。"私は妊娠中にこの講座を受けました。研修の3カ月間があったから、今、私は母であることの喜びをかみしめながら育児に励めています。近く育児が一段落したら、この認定資格を地域のために役立てることができるという自信が、今の私の支えです"。

良い母でありたいと願って、努力を惜しまないことは素敵なことです。そのためには女性は母としてだけ生き、子どものことだけを考えていれば良いということではありません。常に社会との接点を持ち、育児中、あるいは育児が一段落した後に、自分の居場所を地域や社会の中に持てる可能性が保障されるなど、女性の人生を長い視点で捉え、フルスペックでサポートする体制が最も求められているのだと思います。まさに今、恵泉女学園大学が掲げている「生涯就業力」を女性が発揮できるための支援体制が必要なのではないでしょうか。