今週出版される拙著『「人生案内にみる女性の生き方~母娘関係』(日本評論社)について書かせていただきます。
私は読売新聞「人生案内」の回答者を10年余り務めておりますが、本書はそこに投稿された相談に回答した事例の中から、とくに"母と娘"をテーマとしたものを選んで、改めて解説を加えたものです。
母と娘~その光と闇を見つめて
2016年08月22日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美
新刊のご案内です
母娘関係は光だけではありません。むしろ深い闇も・・・
母と娘と言うと、一般的には同性の親子ならではのほほえましい関係がイメージされることでしょう。母は娘の成長を喜び・応援し、娘はその母を敬愛すると言った母娘関係はまったくの虚像とは言えませんが、すべての母と娘がそうした関係にあるとは限りません。むしろ、現実は世の人々が想像するほどには美しくはないということも、子育てや家族問題に悩む人々の声から垣間見えます。
わが子の成長と幸せを願うはずの母、わが身と同性ゆえにその人生の苦楽を誰よりも分かち合ってよいはずの母が、必ずしも娘が生きていくうえでの力とはなり得ず、むしろ娘の人生の前に立ちはだかる障壁となっている事例が散見されます。自分に向けられる母の言動は支配であり、呪縛としか思えないと娘たちは悲痛な声をあげているのに母親自身にそうした自覚が乏しいことも、母娘をテーマにした相談事例を通して考えさせられるところです。
母娘関係の闇は社会の罪でも
母と娘の思いはなぜかくもかい離してしまっているのでしょうか。
両者の葛藤の背後には、個々の母娘の問題を超えた社会現象、つまり女性の生き方を翻弄してきた社会の罪とでも言うべきものがあるように思われてなりません。
自分の人生を生きることがかなわなかった母世代の切なさ、人によっては怨念のようなものがしばしば見え隠れするからです。
21世紀に入る前後の頃から男女共同参画時代の到来が告げられ、女性の社会進出が加速化するかに見えましたが、実際はけっしてそのようには運びませんでした。期待と現実のギャップのむなしさを味わいながら少女から女性へ、そして母親へと辿った母世代にとって、女性が自分らしく生きられるという人生は仮想の世界にすぎなかった、と苦々しい思いをかみしめざるを得ない人が少なくないと言っても過言ではありません。
自分が手にすることができなかった将来を手中に収められるかのように見える娘を前に、応援に力が入り過ぎる一方で複雑な胸中を抱える母親もいます。娘を通して自分の人生を生き直そうとする思いにかられたり、自分にはかなえられなかった人生を手にする娘をうらやんだり・・・。それは母が子を愛する対象愛ではなく自己愛の化身であったとしても、「母の愛」という美名に隠れて、母親自身も無自覚に過ごしているのかもしれません。
一方、娘世代に目を移してみても、女性の活躍促進はいまだ空虚なキャッチコピーに思われてなりません。社会に巣立とうとする女子学生たちの前に立ちはだかる厚い壁、子どもを産んで母となった女性たちの異様なまでの焦りと苛立ちは、女性の活躍促進ブームの中で逆に強まっています。あたかも海図なき航海をさまようかのような頼りなげ姿です。
娘世代が自ら輝くために、母世代が娘の真のサポーターとなるために
船出には不安はつきものでしょう。若い娘世代が自信にあふれているほうが、もしかしたら奇異かもしれません。
今、恵泉女学園大学は学生たちに女性として「生涯就業力」を身につけさせることを教育目標に掲げています。
為政者に言われるまでもなく、女性の活躍は女性が自らの生き方として選び、手にすべきものです。いつまでも社会の波に翻弄されるのではなく、自身の人生に真にキャスティングボードを握るべきなのです。
どこに置かれても自分自身の生き方を見つめ、自らの光を輝かせることに努力しながら成長できる女性であったほしい。そのためには最も身近で、かつ女性の先輩としての母の生き方を見つめ直すことは、何らかのヒントとなることでしょう。母世代も今一度、娘世代の船出への応援のあり方を振り返ってみることが必要ではないかと思います。
そんな願いを込めて、本書はあえて「母娘関係の闇」に焦点を当てたものです。
お読みいただければ有り難く思います。