日本大学法学部新聞学科卒業、社団法人日本新聞協会入職、事務局次長・経営業務部長を経た後、2010年より多摩市長となる。現在2期目。
学長Blog★対談シリーズVol.2 この方と『生涯就業力』を語る
2017年01月23日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美
新春からスタートしました、各界の方から「生涯就業力」についてご意見を伺う対談企画。
2回目のゲストは、本学が所在する多摩市で行政の重責を担っていらっしゃる阿部裕行市長です。
第2回ゲスト:阿部裕行多摩市長
人が生きていくドラマが社会の課題
---「男も女も育児時間を!連絡会」(以下育時連)で活動をされていた方が、2010年にこの多摩市の市長となられたと聞いたとき、ほんとうに嬉しかったことが思い出されます。
メディアの分野で働き、育時連の活動にもかかわりながら、そこから市長になろうと思われたのはなぜでしょうか。
今は育児休業法も男女雇用機会均等法も整備されている時代ですが、35年前の育時連発足当時は労働基準法のみでした。結婚し、働きながら子育てにかかわる中で、ますのきよしさんの男の子育て考に感化されたこともあり、「ワークライフバランス」という言葉などまだなかった20代の頃は、家庭と仕事の両立が課題でした。
また、社会の中に課題があることは新聞学科の学生時代から意識していましたけれども、実際に新聞業界で働くようになって、人が生きていくドラマが課題なのだということをより強く感じるようになりました。多摩に移り住んでからは、子育てをしながら、環境・食のことに問題意識を持ちましたね。自然の中で生きる喜び、生きる目的を考えるとき、「食べる」・「食べるために汗を流す」というのは、社会とつながる意味でももっとも重要なことだと思うのです。30代半ばで小学校PTA会長を務めたときには、先生たちと一緒に八王子で田植えから収穫まで経験するプログラムを3年おこなったのですが、そのような活動にかかわる中で、大好きなこの多摩市のために力を尽くせたら、という思いで立候補を決めました。
子育てをしながら働き続ける
---35年前は男性の育児など話題になることはありませんでしたね。男性の役割はとにかく社会の経済・一家の経済力を担うことにあると考えられていて、仕事にだけ邁進する男性が多数を占める時代でしたし、市長ご自身もお忙しく働いておられたことと思います。
その中でなぜあえて家庭との両立を考えられたのでしょうか?
一番は家庭環境かなと思います。母と祖母という、身近に働く女性がいて違和感がなかったのです。自分の連れ合いも働く女性なので、両立できると考えました。
母は私立の女子高、父は都立高校の教員で共働きの家庭でした。60年前ですから、産休も短く働き続ける女性のためのサポートなどありません。母は自分を学校へ連れて行って、教室の後ろで生徒たちが私の面倒をみながら授業をしたそうです。子育てをしながら働き続けたわけです。
また、明治生まれの祖母が、まさにNHK朝の連続ドラマ「梅ちゃん先生」同様の女医でした。はじめ無医村の神津島に派遣され、そののち小金井で開業したときには三多摩地区で二人目の女医だったそうです。
---教員でいらしたお父様は同じ教員のお母様をご支援されていたことと思いますが、お祖父様もお医者様として働き続けられたお祖母様をご支援なさっていたのでしょうか? 仕事を辞めさせなかったということだけでも、当時の男性の支援としては大きなことと思いますが。
祖父は原生動物が専門の大学教授で、自分で自分のことはする人でしたが、祖母のために特段の支援はしていなかったと思います。祖父母の頃は、やはり家事・育児を共にするという時代ではなかったので、女性は大変だったでしょうね。
祖母にしても、母がわたしを連れて学校に行くことに難色を示していたこともあったそうですから。
「自分のやりたいこと」の実現が身近な男性の意識を変える
---「イクメン」という言葉も発想もまったくなかった時代に、すでに男性も仕事だけでなく子育てもとお考えになって実践していらしたことに改めて敬服の思いですが、その背後に、仕事をもちながら家庭や子育ても立派にこなしていらしたお祖母様・お母様のお姿があったということを伺って、ほんとうに心動かされています。日々の暮らしの中で生きる女性の姿が子どもや孫に大切なものを伝えながら、次の時代を創っていくということなのだということを、改めて考えさせられました。
現在、恵泉女学園大学は「生涯就業力」をテーマに改革を進めています。単に就職ということだけではなく、結婚・出産などの経験を重ねながら、そのことでいろいろな壁にぶつかり、時には自分の生き方を一時的に変えることがあったとしても、生涯にわたって学び続け、精神的にも経済的にも自立しながら、社会に尽くす人材を送り出す大学でありたいと願ってのことです。「生涯就業力」自体は新しいことばなのですが、その中身は恵泉女学園の創立者・河井道の「どこにあってもなくてはならぬ人におなりなさい」という思い、理念そのものなのです。
政府が提唱している女性自身の活躍推進ももちろん大切ですが、この「生涯就業力」が世代を超えて醸成されていくためには、たとえば働く母・祖母の姿を見てきた男性が「市長」になってくださったという意義もとても深いものがあると思います。基礎自治体は人々にもっとも身近なところで、その暮らしを支える施策を担うところですので、女性の生き方が、こうした形で政治に活かされていくこともある、ということに深く感じ入っています。
大学を通して学ぶ生き方は大事です。「生涯就業力」ということばはたしかに耳慣れないことばですが、地に足をつけて働き、社会の中の関係性を認識するということでしょうか。
大学での学びを社会・家庭・地域の中で、どう活かしていくのか。社会全体が互いの立場、人格、価値観を認め合い、その力を引き出すことで人生を謳歌できるようにしていくことが大切ですね。自分のやりたいことを実現することで、身近な男性の意識を変えられるかもしれません。
仕事の中で人間関係を作っていく
---はじめに「人が生きていくドラマが社会の課題」とおっしゃいました。興味深いお言葉ですので、このことについてもう少しお聞かせ願えますか。
首長は行政のトップでマネジメントをする立場にあって、地域をよくしたいと考えながら、職員はじめ、それぞれにドラマをもっている市民とともに仕事をしていくものです。結婚・子育て・仕事・病気などなにか困っていることがないか、そのことに対応できているかどうかなど、市長になって見えてきた課題もたくさんあります。財政的に厳しい中で、できること・できないことを選別しながら、それでも理想を忘れてはいけないと考えています。普遍的な価値は変わりませんから、一人ひとりの将来への希望をかなえることができるようにしたいと考えています。
---14万7千人の市民のドラマを受け止める、ということですね。
実際、市長が市民の皆さん一人ひとりに向き合おうとする姿勢が伝わっていることを良く感じます。たとえば、市内で行われる市民主催のさまざまな行事に実にこまめにお顔を出していらっしゃいます。何よりも私が感心いたしますのは、形だけの参加ではないことです。最初のご挨拶だけで後は「公務の都合で」と退席することが他ではありがちですが、市長はお時間の許す限り、最後まで市民の方々の活動を見守っていらっしゃるお姿を何度も拝見いたしました。
ところで、市長は2度目の挑戦で当選されました。志を持ち続けられたことにも感服しています。最近は失敗を恐れる若い人たちも多いですが......。
会社にいた頃は失敗だらけでした。子育てでもそうです。
パソコンなどない当時、原稿は全部手書きで、そこからタイピストがタイプし、活字は一字ずつ拾って紙面を組みます。一度修正が入れば、大変な手間をかけて直すことになり、タイピスト、活字拾いの職工には迷惑をかけどおしでした。
仕事の世界では、「まあ、いいか」は失敗につながります。上司に怒られることもしばしば。当時、若かった私の責任の取り方は、5年10年かけてしっかりした原稿を書き、各種プロジェクトを成功させることです。
その中で人間関係を作っていくということをやってきました。もう、赤面するばかりですが、新聞各社の大先輩の皆さんのおかげで、1度目の落選後職場に戻ってこいと言ってもらい、家族を路頭に迷わせることは避けることができました。もっとも2度目はやるなと言われ、次はダメだったらもう戻る場所はないと言い渡されながらも再挑戦したのです。
---会社にとって「なくてはならない人」でいらしたのですね。
周囲に2度目はやるなと言われながら、しかし再挑戦されたわけですが、多摩市の何にそこまでの思いがおありだったのでしょう?
多摩市の一人ひとりが尊厳をもって生きられるようにという願いが一番です。
地方自治は地域の自立をはかることが大切です。若い頃、民俗学の柳田国男氏の著作もよく読みましたが、地域の文化・人との営み・家族・コミュニティを守る役割があると感じました。多摩市の課題に気づかされていき、大好きな多摩のまちでもあり、自分自身で手を上げてその役割を担うべきと思ったのです。
大学での学びは社会で強い武器になる!
---この多摩市にはたくさんの大学がありますが、その中で恵泉に期待してくださっていることがありましたら、最後にお聞かせください。
創立者・河井道先生の建学の精神に敬服しています。
世界経済フォーラムの中で日本はいまだに111位で、項目の中で女性の健康寿命のみトップ、女性の活躍・労働は50位以下です。けれども、恵泉の「生涯就業力」が女性の活躍という観点で役割を果たしていくのではないかと考えます。
大学での学びは社会では強い武器になっていきます。とくに、チームでおこなっている恵泉の「生活園芸」は、大地の営みにかかわり、気候を見ながら愛情をかけるという、社会とのつながりをもって生きることの原点を学ぶものではないでしょうか。
学生の皆さんの笑顔が、多摩市民の笑顔につながります。誇りと自信をもって、失敗を恐れずに学び続けていってほしいと願っています。