学長Blog★対談シリーズVol.4 この方と『生涯就業力』を語る

2017年02月13日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

今回のゲストは、多摩市にあるベネッセ教育総合研究所の次世代育成研究室長・高岡純子さんです。

「対談シリーズ」

第4回ゲスト:高岡純子氏

日本女子大学英文学科卒業後、福武書店(現ベネッセコーポレーション)へ入社。小学生教育事業担当に始まり、産休・育休を経て2006年よりベネッセ教育総合研究所次世代育成研究室主任研究員、2015年度からは室長を務める。また、2015年度には、恵泉女学園大学の「家族援助論」の授業を担当。

ベネッセ教育総合研究所次世代育成研究室

全員ワーキングマザーの研究室で

---高岡さんの所属は、ベネッセ教育総合研究所の中の次世代育成研究室ということですが、ここはどんなお仕事をなさるところでしょうか。

ベネッセ教育総合研究所では、乳幼児から大学生・社会人を対象に、教育に関する調査研究に取組んでいます。次世代育成研究室は、結婚、妊娠、出産から就学前の子どもや保護者の生活実態や子育て意識、保育・幼児教育の動向やワークライフバランスなどに関する調査や研究に取組んでいます。
わたしを含めてスタッフが4名おり、全員ワーキングマザーです。3~4歳の幼児から、小・中高校生まで、調査対象になる子どもの年齢層が揃っています。

---まさに次世代育成の研究室のテーマにかかわる方々とお仕事をされているのですね。
高岡さんはお二人のお子さんがいらっしゃるとのことですが、お仕事はずっと辞めずにいらしたのですか?

はい、大学を卒業してからベネッセ(当時は福武書店)に入社し、産休・育休を2回とり、フルタイムで仕事を続けてきました。初めての育休は1995年で、当時会社では短時間勤務制度や企業内保育所の設置など、仕事と子育ての両立を支援する制度が次々にできた時期でした。幸いなことに子育てをしながら働きやすい環境が整ってきたのです。1999年に厚生労働省の第1回ファミリーフレンドリー企業の労働大臣優良賞を受賞しています。

---ベネッセコーポレーションへ入社されたのはなぜですか? 調査研究などのお仕事でご一緒させていただく機会が多いので、高岡さんには社会科学系の調査、あるいは心理学領域のイメージがあるのですが、大学でのご専攻は?

大学は英文学科でしたので、情報処理や統計は会社に入ってから身につけました。学生の頃は、編集に興味があったので、ベネッセコーポレーションに入社しました。入社してから7年間くらいは、小学生向けの事業部で、広告制作、絵本のページや国語などの教材制作を担当しました。その後、仕事をしながら大学の通信教育で児童学を学びました。

産休・育休の時間を活かして学ぶ

---通信教育だとお仕事をしてご自宅で学習、スクーリングもあって大変だったのではと思いますが。

実は、最初の産休・育休の期間を利用したんです。私の入社時期は、男女雇用機会均等法施行2年目で、当時はまだ男性の勤務スタイルに近い形での働き方を求められていた時代でした。毎晩10時頃まで仕事、土曜も出勤で忙しく、ふだんは勉強をする時間は取れません。産休に入ったときにようやくまとまった時間がとれたので、ここしかないと思ってこの時間を活用しようと思いました。チャンスだと思ったんです。

---女性はとかく妊娠中はホルモン分泌の影響で思考が内向きになりがちだと言われているのですが、高岡さんはむしろ次のステップに向かったということですね。これまで忙しかったからこそ、産休で得られたまとまった時間の広さ深さがわかったということでしょうか。

はい、そう思います。一人目のときは通信教育で学士を、二人目のときはコーチングのプロフェッショナル資格をとりました。資格を取りながら今まで仕事を続けてきたのは、ずっと自立した生き方をしたいという思いに支えられてきたからだと思います。また、子育てをしている自分とは違った場所で力を発揮できることがうれしかったですし、両方によい影響があると思いました。子育てだけだと行き詰ってしまうかなと。

自分だけで頑張らず、ネットワークを作って工夫をする

---さて、現在のお仕事のことに話を移させていただきますね。子育て真っ最中のスタッフともお仕事をされているわけですが、世間一般の女性の働き方はいかがでしょう。 女性活躍と言われている今、かつてと比べて意欲に違いがありますか?

私の世代は、それぞれの職場で育休復帰社員第一号だった人が多く、職場も子育て中の女性社員を迎えるのは初めてだったので緊張感がありました。ワーキングマザーの先輩社員がほとんどいないため、横のネットワークを作り情報交換し助け合ってきました。
現在は、育休復帰で仕事に戻る女性社員の割合が増えています。話を聞いていると、先輩経験者にしっかりヒアリングをして情報収集をしています。柔軟な勤務制度も各企業で定着してきているので、上手に制度を使いながら園の行事参加やお迎えの時間などもやりくりしている様子が伺えます。今は環境整備が進んできたため、自然体で働けるようになったのではと思います。

---育休も権利だからと、職場に戻ってきたときに周囲に休みをとったことへの感謝の言葉も伝えないという例もあると聞いて、複雑な思いになることがあります。ひとくくりにはできませんが、ゆったりとした働き方は必要と思う反面、押せば押すほど出てくる力もあるのにと、もったいなさを感じることもあります。

同感です。子育てをしながら働ける環境が整ってきたことはよいことだと思いますが、本人がどんなに頑張っても、子どもが小さいうちは、職場の方に手助けをしてもらうことはどうしても増えますので、感謝の気持ちを伝えることはとても大事だと思います。
また、子育てに忙しい30代、40代は、仕事も頑張るべき時期に当たっていることが多いです。ここで頑張ってステップアップをしてほしいという時に、停滞してしまう、ゆるキャリを選ぶ人も増えていると聞きます。自分だけで頑張るのではなく、夫や親、子育て支援の方などに声をかけて一緒に取り組んでもらうことやネットワークを上手に作り工夫をして乗り超えてほしいという願いもあります。

人生はしなやかなもの

---女性が活躍するためには周りがシステム、制度を作っていくことも大切な要件の一つですが、あっても利用しない女性もいますね。なかったら、自分で作ってほしいと声を上げることも必要かと思います。
この対談のテーマでもある恵泉ブランドの「生涯就業力」ですが、女性の人生は一直線ではありません。長い人生をトータルで見て、経済的・社会的自立を目指すこと、自分の置かれた場所で社会貢献を忘れずに求め続けることを、恵泉では「生涯就業力」という言葉で打ち出しています。

「生涯就業力」、素敵な言葉だと思います。女性には様々なライフイベントがありますが、出産や子育てや仕事など、その都度自分の力を大事なことに活かせるようにバランスをとりながら努力を続けることが大切と思います。わたしの好きな言葉に、Facebook COOであるシェリル・サンドバーグの「キャリアははしごではなくジャングルジム」*というのがあります。ジャングルジムは、自由な回り道の余地がある、迂回したり行き詰まったりしながら自分なりの道を進んでいけるなら、最終目的地に到達する確率は高まる、大勢が素敵な眺望を手に入れられる、と述べられています。ああ、人生はしなやかなものだな、と感じられる言葉です。*『LEAN IN (リーン・イン): 女性、仕事、リーダーへの意欲』

---実は、恵泉は「生涯就業力」を磨くためにもう一つキーワードがあるんです。「しなやかに、したたかに」。したたかに、というのはいいイメージがないかもしれませんが、漢字では「強」や「健」という字があてられるのです。学生たちが漢字そのままに強く、健やかに生きてほしいという願いを込めて「しなやかに、したたかに」と言っています。
恵泉女学園を創立した1929年当時、河井道先生は、家庭に入ることだけが女性のつとめではない、人が踏みならした道を行くことに満足するのではなく、自分らしい道を探し世のため人のため尽くすことを求めなさい、どこにあってもなくてはならない人になりなさいとおっしゃっているんです。女性活躍の今の時代に一番必要なことだと思うのです。

創立者の河井道先生の言葉が残っているというのは在学生たちにとっては、幸せなことですし、社会に出たときの指針になると思います。また、「しなやかにしたたかに」という言葉や困ったときに自分から必要な支援を求める力は、これから仕事や子育てに取り組む方たちに大切にしてほしいと思います。
わたしは女子高・女子大で過ごしてきましたので、何でも自分たちでやることが当たり前という姿勢が自然に身についたと思っています。会社に入ってから男性への対抗意識を持っている方がいると知ったときには、驚きました。

若い世代の「お父さん」の活躍に期待

---ところで、今のお母さんたちは一人で頑張らなければという傾向にあるようです。「自立」の意味を狭くとらえているのでしょうか。いろいろな人の力を上手に借りたり、その人のために尽くす「共立」が「自立」の基礎でもあるのですが......。
それが出来るためにも、女性たちが愛され大事にされる経験が必要です。前回対談した方は、恵泉の中高卒業生で世界的なハンドベル奏者の方だったのですが、「中高ではいろんな意見を言ってきたが、一度も誰にも否定されたことがない、それは思春期からの大きな自信になる」とおっしゃっていました。そういう経験が底力になっている、と感じます。
ところでベネッセでなさっている経年調査で、昨今母親・父親の変遷などをご覧になって、どのようなところに改善点を感じておられますか?

最近は父親の存在がキーだと思います。若い世代の父親ほど、子育てや家事によくかかわっていますし、夫婦で助け合っている様子もうかがえます。しかし一方で子育ての自信が減ってきているのです。また、子どもの育つ場が家庭と園に集中している傾向が見られるのですが、子どもの育ちには地域との関わりも大切だと思っています。お父さんには、社会と家庭をつなぐ役割として活躍してもらいたいと思います。

さまざまなロールモデルから自分のモデルを

---女性のための法制度が整備されつつある今、女性自身の意識改革も必要だと思います。ないものはほしいと訴え、あるものは感謝をもって活用するということですね。
今の若い世代の女性たちには高岡さんのようなモデルの存在が大切です。若い世代にとってテレビや雑誌で見るバリキャリモデルは違和感があり、専業主婦の母親もモデルではないからです。
モデルをたくさん見せていくことが、わたしたちの責任ですね。

ロールモデルは必要ですね。若い人たちにはいろんなタイプのモデルを見せてあげたいと思います。様々なモデルから参考にできる要素を取り出して自分に合ったモデルを作っていってほしいです。

大学で学ぶ「生きる姿勢」を支えに。

---お話が尽きませんが、最後に恵泉の学生へのメッセージをいただけますか?

昨年、恵泉で「家族援助論」という授業を担当させていただきましたが、誠実にひたむきに頑張っている学生の皆さんの様子に感動しました。自分の将来を真摯に考えていらっしゃる学生の皆さんが、恵泉の大学のいいところだと感じているのです。
河井道先生の提唱されておられる理念を胸に刻んで、一歩踏み出す勇気をしっかり持ってほしいと思います。きっと社会に出たときに支えになると思います。社会に出ると、厳しいことも多くあります。私も評価をされ悔しい思いをしたり叱られたり、トイレに駆け込んで泣いたことも何度もありました。けれども、心が折れそうになったとき、大学で学んだ「生きる姿勢」が支えになりました。
そして、恵泉女学園大学がいつでも戻ってこられる、女性の学び直しを支えてくれる場所であってほしいと思います。

---ありがとうございます。そのような場所づくりの必要を感じて、「生涯就業力」構想を進めているところです。わたしたち教職員には、学生が自信をもって社会に一歩踏み出せるように背中を押す役割があり、同時に社会に出てからも、何かあったらいつでも帰ってくることができるようにする役割があることをあらためて思います。
高岡さんには、また講義等で恵泉の学生たちにかかわっていただく機会をもっていただけたらと願っております。今日は本当にありがとうございました。