学長Blog★対談シリーズVol.8 この方と『生涯就業力』を語る

2017年04月24日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

今回のゲストは、東京ガスの常務執行役員・高松勝氏です。
対談で、人事に対する考え方を中心に伺う中で、ご自身の青春時代やご家族のことなど、充実したプライベートのエピソードも数々飛び出しました!そんな明るく生き生きしたお人柄のすべてをお伝えしきれないのがとても残念ですが、若い人たち、とりわけ若い女性たちに向けて、とても励まされるメッセージをいただきました。

「対談シリーズ」

第8回ゲスト:高松勝氏

1980年東京ガス株式会社入社、ホームサービス本部、リビングエネルギー本部で部長職を歴任。2012年度より執行役員、常務執行役員を務め、2016年度からは取締役常務執行役員。総務部、人事部等を担当。

女性のキャリアアップのために

---高松常務には、1月の東京経営者協会の会合でお話を伺う機会がありました。
女性活躍が話題になった時に、どこの会社も注力しておられるとのことでしたが、とりわけ高松常務のお言葉がとても胸に響きまたので、ぜひにと今回の対談をお願いしました。本日はお忙しい中、本学までお運びくださいまして有難うございます。
あのときは育児休業のことが話題となっていましたね。

当社としては、育児休職制度のみならず、良い仕組みを作ってきていると思っています。育児休業からの復職率はほぼ100%と言えます。毎年100~200名が利用していて、全員が復職しています。
ただ、良い制度を作ったがゆえに、休業期間が長くなり、復職後のキャリアを戻すのが、難しいという問題も出てきています。
以前ある大学の先生が、企業の課長職10人にそれぞれ自分の部下の育成計画について、名前を隠して見せてもらうと、だれが女性かわかるとおっしゃっていました。それを聞いて、男性には中・長期の育成計画があるが、女性に対しては非常に短期的になってしまっているのではないか、本当の意味で女性育成を考えているのだろうかと、自分自身も反省がありました。制度はすごく良いものができているが、それを活用して経営層まで育てようという育成の考え方が、マネージャーや部長クラスにまで浸透しているか疑問なんです。
30代から40代くらいの層の中には、若い頃から優秀で頑張っていて、キャリアアップを考えている女性社員もいます。昨年、女性役員が初めて誕生しましたが、そういうことを続けてやっていきたいと思っています。
大手企業はどこも、育休も介護休業などの仕組みはできている。けれども、当社の場合、女性にそれを活用してキャリアアップしてもらって、マネージャー、部長、役員にするという育成計画には乏しいのではないかと思います。我々にとっても一番の反省点です。
全体の底上げはもちろんですが、「こういう人になりたい」「こういうキャリア形成をめざしたい」と目標にしてもらえるような女性社員を育てていきたいと思っています。

働き方、評価の仕方を本気で変える

---はじめから全体を俯瞰するようなお話をありがとうございます。
女性活躍が謳われ、どの会社も女性施策を打ち出し、いわば、アウターブランディング的に作っているところがあると思うのです。けれども、社内に浸透させるインナーブランディングはどうかといいますと、ある一定層の社員のことは見られるけれど、浸透は難しいということは確かにそうかもしれませんね。
東京経営者協会の会合でもおっしゃっておられましたが、育休はできても復職してからのケアが難しいのでそこを手厚く、と高松常務のような発想をされる方は少ないと思うのですが。

0歳児からでないと保育園に入りにくいということもあってか、最近は育休期間が1年~1年半と短くなってきています。でも、育休後は短時間勤務になるわけですから、働き方を変えていかなければならないと思います。
これまで日本企業は24時間働ける男性を当たり前のように考えてきましたが、女性は24時間働くというのは無理ですし、男性にとっても決して好ましいことではないでしょう。仕事を、9時5時でも成果を出させる仕組みに変える、たとえば短時間勤務であっても、いつでも・どこでも働けるようにすべきだと考えます。そのために4月から弊社でも在宅勤務のテレワークを導入しています。
人事を担当していて思うのは、人事は仕組みを変えるのが2割、あとの8割は運用とか慣行、その会社の持つ暗黙知のような価値観によって動かされることが大きいんです。
ルール変更はできるのですが、本気になって働き方を変えないと、本当の意味で女性の活躍はできないのではないかと思います。

---人事は、仕組み2割・運用8割で動く、というのは非常に面白いですね。

働き方を変えるとなると、どういう評価をするのかということが問題になります。表面上の仕組みではなく、本当に人を評価するとはどういうことか、というところまでやらないとダメです。
上司はつい自分の言うことを聞いて遅くまで働く人を評価してしまいがちですが、そうではなくて、その人に求めている仕事の成果とは何か、そしてそれをどのように評価するのか、がポイントです。
評価の仕方を本気で変えることが必要だと思います。先ほど言ったように、人事は8割が慣行といったその会社の文化なので、そこを変えていく必要があるんです。
育児休職からの復職率は良いと思うのですが、女性を活用しきれていないのは、仕事の与え方と評価の部分を変えきれていないところもあるのではないかと思います。

女性が目標にできるリーダーを多く作る

---評価について男女差はあるのでしょうか? 与える仕事に差がある、というようなことがありますか?

誤解を恐れずに言えば、たとえばうちのような会社は女性を大事にしすぎてしまうのではないかと思います。
自分も女性に対して男性と同様に育ててきたかというと疑問です。仕事で差別したわけでは決してないですが、もしかすると、かつては難しい仕事は男性に任せ、無理なく時間内におさめられるような仕事は女性に、となっていたのではないかと反省しています。
人はプレッシャーを受けてはじめて伸びるんです。自分もそうでしたが、プレッシャーをかけられて悩んだり苦しんだりして成長してきたわけです。
若い頃から経験を積んでマネジメント力を養成する、ということが必要ですが、そういうキャリア育成を女性にやってきたかというと疑問ではあります。

---女性が活躍できる環境を創っていくためには、今までのような女性保護がもしかしたら邪魔になっていた面もあるかもしれませんね。たとえば、「資生堂ショック」のようにあえて女性の保護をなくすという、いわばショック療法も必要な時代になっているのかとも思います。

あえて、仕組みを変えることはないのではないかと思います。良い仕組みは当然残しておいて、その中で自分たちがどのようにしていくかを選んでいただければいいと思います。
加えて、女性にとって目標にできるリーダーを多く作ることが、女性活躍の活性化になるんじゃないかと思うんです。自分も若い頃、目標になる人が何人かいて、そういう人を目標にして育ってきたと思います。かつては、女性には目標となる人を見つけるのが難しかったかもしれませんが、今は幸いそういうリーダーが少しずつではありますが出てきています。

ライフイベントを迎えた女性とのつながりの保ち方は課題

---東京ガスは男性の職場、というイメージがあります。それこそ常務が創ろうとされた文化と既存の男性中心の文化とは違いも大きかったのではありませんか?

うちの会社は創業130年を超えるんですが、130年続いてきた文化の中には当然変えてはいけないものもあります。
「利益を上げなければ生きていけない、しかし公益に資さなければ存在意義がない」といわれるとおり、常に公益に貢献することを考える企業文化、価値観は大事にしていくべきと思っています。
また人事面に関しては、昇格に対するモチベーションの高い企業なので、これを変えることはないだろうと思います。けれども、たとえば長時間働けることだけを評価するのではなく、仕事の与え方、フィードバックや評価の方法を変える必要はあると思います。
底流にあるのは大事にすべき価値観で、その上で制度や運用面、場合によっては一部価値観も入るかもしれませんが、変えていけるものは変えていきたいと思うんです。

---公益というのは、時代や社会経済によってめざすものが変るかと思います。
東京オリンピックの頃はどんどん高速道路をつくったり、陸橋を作ったり。乳母車を押して歩きにくいような街づくりをしてきたのも男性、とまでは言いませんが、育児をしたことのない人の発想だったかなと思います。でも、少子高齢化している今は街づくりの発想も違っています。今、企業に求められているのはCSRではなくCSVといって、企業も社会も新しい価値を作っていこうとしていますね(CSR:Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任、CSV:Creating Shared Value=共通価値の創造)。御社のように人々の生活に密着して、道路を掘ってガス管を通すだけではなく、ガスの使われているキッチン、お風呂場にどのように女性や高齢者、子どもたちの視点を盛り込んでいただけるのか、というところに期待を寄せています。もっとそこで女性が活躍してくれたらと願ってもいます。
一方で、女性の意識も二極化している現実もあります。なんとか大学での学びを活かしていきたいと努力する人たちがいる一方で、最初から自分には無理、できない、と思ってしまっている人たちもいます。それも多様な働き方のありかたの一つとは思いながらも、そういう女性たちにもいつか社会に出て変わってほしいという願いを持っているのですが。

それは最近男性でも同じことが言えます。女性だけではなく、マネージャーにつきたくない、語弊があるかもしれませんが、偉くなりたくない、そういう傾向が世の中全体に増えつつあるという見方をされる方もいますし、それは女性だけではなく男性も同じではないかと思います。
女性の役員と話した時に、女性の意識を変えようと思ったら男性が先だと言われました。
男女の差があったとすれば、チャンスの与え方だったのではないかと思います。
たぶん、会社の人間に聞いたらそんなことはない、と言うでしょう。わたしもそんなことない、と思っていました。でもよくよく考えてみたら、ひょっとしたら差をつけていたんじゃないか、つまり男性にはどんどん負荷をかけてきたけれど、女性には少ない負荷だったのかもしれません。
また、女性が出産前後の期間中にどうやって会社との関係をうまくつないでいただくかということ、育休中にもなにかをやっていただいて、それを評価につなげることができないかということも、仕組み、ルールの面でこれから考えるべき課題と認識しています。

---以前対談させていただいたベネッセの次世代育成研究室長の女性の方が、2度の育児休暇中にステップアップして資格をとって、復職されたんですね。ゆっくり時間をとれるのは育児休暇中だったとおっしゃっていました。
ただ、女性たちの多くは孤軍奮闘の育児に疲れ果てています。勉強や資格取得なんて考えられないほど疲労を強めて、中にはパニックになる人もいます。
出産・育児期間を支えるのは男性だと思うんですね。育児だけでなく、人生のパートナーとしての思いを男性にはもっと持っていただきたいと願っています。

「自分は何を大事にして生きているのか」という価値観を

---さて、お話を伺っていて、1929年に学園を創立された河井道の「汝の光を輝かせ」ということばに通じると感じております。
最近女性活躍と言うと、とかく省庁の局長や企業の管理職とかに女性が何人就いたかということが話題とされますね。でも私どもはそうした一面的は華やかさ、きらびやかに目を奪われてはならないと思います。女性の人生はけっして一直線ではありません。それだけに何があっても、どこにあっても、希望と目標を見失わず、自分を大切にする。そのことが身近な大切な人、地域や社会に尽くすことにつながるというのが河井先生の理念です。恵泉で育った学生たちは、人としてのやさしさをもっている子が多いんです。

昨年、「百花繚乱」というテーマで学園祭がおこなわれました。花は一つ一つ違って良いけれども、その花が咲くことで他の人の輝きを消してはいけない、という思いを学生たちがこのテーマにこめていたんですね。
ですから、人事面接の時も、決して他の人を差しおいて自分をアピールするようなタイプの学生ばかりではないのです。でも、結構採用されるのはそういう学生たちです。人事の方にお話をうかがってみると、隣の人が話しやすい雰囲気を作っているところを評価していただいているようなんですね。
そういう学生たちを育てているからこそ、いま「就職力」ではなくて、恵泉で「生涯就業力」というのは、紆余曲折があって専業主婦志望の子がキャリアになったり、奥様のようにその逆もあったりいろいろでいいと思うけど、決して生きる目標は見失ってはいけないという意味での「汝の光を輝かせ」なのです。

御社のようなトップ企業で常務をなさっている高松さんからご覧になったら、本学はほんとうに小さな大学だと思います。でも、この大学に入って学生たちは生きる目的を見つけ、苦手なことに取り組んで自信をつけて、胸をはって社会に出ていきます。そんな彼女たちに向けて、なにかあらためてメッセージをいただけたらうれしいのですが。

自分なりのしっかりとした価値観を持ってもらいたいと思います。
つまり、自分は何を大事にして生きているのか、ということです。それがないと、世の流行りすたりに影響されてしまいます。
キャリアウーマン志向がすべてではない、どういうふうに生きたいのか、という価値観が必要だと思うんです。

仕事はだいたい20歳から60歳くらいまでの人生で一番素晴らしい時期の、しかも9時~17時といういちばんよい昼間の時間帯にします。であればこそ、仕事について言えば、キャリア志向かどうかではなく、仕事をいかに楽しめるか、自分にとって実りあるものにできるかが重要だと思います。その時間がつまらなかったら、人生がつまらなくなってしまいます。そういうことを含めて自分の価値観をしっかり持っていただきたいと思うんです。
それは、他人にどう思われるかは関係なくて、自分はこういう人生を送りたい、その価値観をしっかり持ってほしいし、それが形づくられるのは中・高・大学の時期なのではないかと思うんです。

---常務は「こう生きたい」というような思いを、いつ頃かためられたのですか?

仕事に関して言えば、30歳代後半から40歳前半頃に固まってきたのではないかと思います。
入社後は仕事でいろいろありましたけれども、40歳頃から変わってきたと思います。
焦らないほうがいいです。
「即戦力」とよく言われますが、本当に大切なことは、自分としてのしっかりとした価値観を持って、長い間力を出していっていくことだと思います。焦らず着実に一歩一歩進めてほしい。
たとえば、人を使うようなマネジメントは20歳そこそこではできない、経験を積む必要がある。あんまり他人に影響されずに生きていってほしいです。

若い頃は自信がなくて当たり前、悩んで悩んで形になる

---今楽しく輝いておられる高松常務から「焦らなくていい」「40歳くらいまではそうではなかった」というおことばをうかがってほっとします。
社会で活躍している人の中には、生まれたときからエネルギー全開のような方もいらっしゃいますね。でも、今の若い人たちはなかなかそうはなれない。傷ついたりコンプレックスを抱えたりしているんですよね。

入社一年目のゴールデンウィーク頃だったでしょうか、仕事帰りに不安に駆られたことがありました。あのときの気持ちは今もまざまざと思い出されます。
意味不明な不安です。まだ仕事もしていないのに、この会社でやっていけるのかな、勤めていけるのかな、と本当に不安になったことがありました。

---今の常務からはうつむいて歩く姿なんて、とっても想像がつきませんが、大学を卒業されてから40歳ごろまでのつらさをどうやったら耐えていらしたのですか?

今でこそ、「元気がなかったら、大きな会社の牽引力にはならない、でも、愛がなければ東京ガスを輝かせられない」と思っていますが、だれだって、入社したときは、ドロドロの粘土みたいなものですよ。全員がそうなんです。形なんてない。
仕事に就いてだんだん成型されてくるのが、たぶん40歳くらいでしょう。自信もついてくるし、自分なりの仕事に対するスタンスも出来上がってきます。自分だって、入社時に戻って再スタートするかと言われたら、どうなんでしょうか。若い頃は輝いているように見えるけど、輝いているのは体力だけ......というと言い過ぎですが、少なくともいろいろなことに対する自信というか覚悟は当然ですが、今の方があると思います。

---同感です。わたしも戻りたいとは思わないです。若い頃はそれなりに大変でした。
この年までよく生きてきたなと思います。

大変でしたよね。
昨日61歳になりましたけど、まだまだ元気なのでがんばりたいとは思います。
若い頃なんて楽しいことばかりじゃないですよね。だから若い子が自信満々なのはおかしいですよ。
悩んで悩んで悩んで、どうしようもなくて、それがだんだんに形になっていくのですから。

---「元気がなかったら、大きな会社の牽引力にはならない、でも、愛がなければ東京ガスを輝かせられない」というおことはが胸に響きました。なんて愛に満ちた方だなと思います。男性でこれほどことばをもってくださる方、奥様、ご家族への愛をこれほど熱く語ってくださる方は、企業にはそんなにいらっしゃらないのではないでしょうか。
今日は本当に心あたたまるひとときをいただきました。有難うございました。