実りの秋を迎えて~その2~ 有機園芸から学ぶ子育ち・親育ち
2017年12月11日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美
先週は多摩キャンパスでの収穫感謝祭についてご報告いたしました。
今週は東京都港区の子育てひろば「あい・ぽーと」での実りの秋についてのご報告です。
子育てひろば「あい・ぽーと」は、元港区立幼稚園の跡地を活用した施設です。老若男女共同参画で地域の育児力向上をめざしているNPO法人あい・ぽーとステーションが2003年から区と協働で運営していて、私が法人の代表理事とひろば施設長を務めています。
もともとが幼稚園でしたので幸いなことに園庭があります。この園庭に開設当初から澤登早苗先生(社会園芸学科)の指導のもと、恵泉女学園大学と協働で有機農法を用いた「キッズ交流ガーデン」を展開しています。
「キッズ交流ガーデン」参加者は区報で公募していますが、毎回、募集開始から半日ほどで枠が埋まってしまうほどの人気です。一家族に与えられるスペースは、60㎝×100㎝という、ネコの額ほどの広さですが、都会の親子にとっては貴重な自然とのふれ合いの場です。
幼稚園の園庭は子どもたちの遊び場用につくられたものですので、当初の土は作物の栽培には程遠い状態でした。遊具を撤去し、園庭の一角に木の丸太で囲った区画を作り、水はけをよくするための工事を行い、土を入れてもらいました。最初から大学の教育農場などの畑の表面にある熟成した土を搬入することも考えたのですが、畑の土も育つのに時間がかかることを参加者に知ってもらいたいと、行わなかったそうです。しかし、堆肥(八王子の磯沼ミルクファームからのコーヒーカスを混入させた牛糞堆肥)や鶏糞(日本で最初にオーガニック卵を生産した山梨の黒冨士農場からの発酵鶏糞)を厳選して搬入するなど、都心で暮らす親子にも本格的な有機農法を体験できるようにと、澤登先生が心を尽くしてくれました。14年を経て大学の教育農場と同じくらいの豊かな土壌となって、四季を通しておいしい野菜が育っています。今は冬野菜の収穫シーズンを迎えています。
このキッズ交流ガーデンは、恵泉の学生も「園芸と人間形成」等の授業を通して参加しています。有機園芸を通して、学生も私も多くの学びを得てきました。
たとえば、
- 最初の水やり(愛情)はたっぷりと
- 共生を大切に。そして、季節にふさわしい野菜。
- 土が育つには時間がかかる。育たない命もある
まず、最初に水をたくさん与えると、どん欲なまでに土は水を吸収していきます。
地面の下に溜まった水を求めて、根は下の方にぐんぐん延びていく。根は自分の力で地面の下に向かって延びていく生命力を持っているから。気まぐれに少しずつ水やりをすると土の表面の水を求めて表面にだけしか根が張らず、水を与えないとすぐに枯れしてしまうとのことです。
キッズ交流ガーデンでは農薬も化学肥料も一切使わず、多種多様な作物と虫との共生を通して、季節に適した野菜づくりを大切にしています。無理をして寒い時期に食べる野菜を夏場に栽培すれば虫がたくさんついてしまう、それを防ぐために農薬を使うというような悪循環に陥らないように。むしろ、虫や鳥が作物を食べても、その糞や死骸が土に還って、土を豊かにするという連鎖が大切ということです。また3つあるコーナーの一つには多種多様な作物が植えられていますが、いろいろな種類の作物を混在して植えることで、アブラムシなどの大量発生による全滅は避けられるという知恵を体感するためとのことです。
とりわけ印象深かったことは、最初の頃の"じゃがいもコース"で起きたことでした。前述のように土作り作業に汗を流し、大学から運んだ種芋の植え付けを実施したのですが、順調に発芽してふさふさと緑を風になびかせている区画が多い中で、発芽の気配もない区画がいくつか見られたのです。土も肥料も種芋も厳選しているのになぜ?という思いが参加者の間に広がりました。「同じように心を尽くして種芋を植えても、育たない命もあるのよ」と澤登先生は命が育つ自然界の掟の厳しさをさりげなく説明してくれました。もっとも、このことを予測して用意していたのでしょうか、がっかりしている子どもたちにワイルドストロベリーの苗をプレゼントしてくれて、歓声が園庭に響き渡ったことも、ほほえましい思い出です。
「土壌が育つには時間がかかる。だから時間も手間もかけて、じっくりと見守る。それでも思い通りにならないことも少なくないけれど、それもすべて受けいれて、愛おしむ」。
これが有機農法だとしたら、まさに子育ても同じです。
- 幼い頃にたっぷりと愛情を注いで、子どもが自分で生きる力の基礎を育むこと。
- 子ども一人ひとりの個性を大切にするためにも、多様な人々と共に生き、触れ合える環境を大切にすること。
- 早期教育などに走ることなく、子どものその時々の発達段階にふさわしいステップを大切にしながら、子どもの成長をじっくり見守ること。
馴れない作業にはじめは固い表情で臨んでいる親子ですが、肩寄せ合って耕し、やがて土が軟らかくなると共に表情も軟らかくなっていきます。
キッズ交流ガーデンに参加した一人の学生の言葉です。
「テレビや新聞では虐待などのニュースがあふれていて、今の親子関係に絶望する気持ちでした。でも、あい・ぽーとのキッズ交流ガーデンでは、いつも親子のほほえましい姿を見ることができる。子どもを愛おしそうに見つめているママやパパ。そのママやパパと育った野菜をおいしそうに食べている子どもたちを見ると、親子っていいな、家族っていいなと改めて思います」。
キッズ交流ガーデンを営んでいて、とりわけその有難さを痛感したのは、3.11の時でした。
園庭に子どもたちの元気な声が響き、種付けに親子が肩寄せ合っている姿に、命を与えられ、育める有難さをしみじみと思いました。あい・ぽーとに行幸啓が行われ、天皇皇后がキッズ交流ガーデンを子どもたちと共に楽しまれたのも、ちょうどこの時でした。
今、あい・ぽーとの「キッズ交流ガーデン」は、澤登先生のほかに、恵泉の短大園芸生活学科卒業生の水村明香さんも指導に加わり、さらには団塊世代男性の子育て・まちづくりプロデューサー(愛称 まちプロさん)もサポーターとして入ってくれています。
老若男女共同参画で、命を育み、その収穫を楽しむ姿が、青山に拡がっています。
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