ノーベル平和賞募金の報告

2017年12月18日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

12月10日、今年のノーベル平和賞授与式がノルウェーのオスロで開かれました。
受賞団体・核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の国際運営委員の一人が本学講師の川崎哲先生です。"今回の受賞の真の貢献者は、自らの体験を世界に発信し続けてきた広島・長崎の被爆者の方たち。受賞式にはできるだけ多くの被爆者に参加してほしい"との川崎先生の希望を受けて、募金キャンペーンを始めたことは10月30日のこのブログで書かせていただきました。

当初の目標金額は120万円。広島・長崎のお二人の被爆者とお世話をする方(被爆者の方が高齢のため)の渡航費でした。
募集期間は11月1日から11月30日までのわずか1か月。 目標金額に達しなかったらどうしようかと正直不安でした。

ところが、11月末の締め切りで報告を受けた金額は、なんと5,513,229円!
全国から多くの方にご賛同いただけたことに、心から感謝申し上げます。
受賞式の模様と募金の使途についての報告会が来年1月24日、募金キャンペーンにご協力いただいた多摩市長を迎えて開催される予定です。詳細はまた大学のHPでご案内いたします。

すでに大学のHPで報告が行われていますが、12月6日にプレスの方々にもお集まりいただき、川崎先生に贈呈式を行いました。

さて、5,513,229円。
私たちにとって、当初の予想をはるかに超える金額の大きさに驚くと同時に、私は端数に格別の思いを抱きました。
3,229円。ここには大切なお小遣いを寄付してくれた若い人たちの思いが込められているのです(佼成学園女子高校・山脇学園女子高校・恵泉高校の生徒の皆さん、有難うございます!)
同時に、この募金に動いた恵泉の学生たちの働きを思わざるを得ません。
川崎先生の授業を受けていた院生たちが、ICANの受賞の報を知り、先生の思いを受けて、いち早く動いたのです。手作りの募金箱を抱いて、恵泉祭(11月4日・5日)の来場者に訴え、多摩センター駅の路上に立ってくれました。彼女たちの声に足を止め、チラシを受け取ってくれた人々の中に、"今、これしかないけれど、いいですか?"とお財布を開いて投じてくれた中高校生たちがいたとのことです。

募金キャンペーン開始時のプレス発表会で、私はある新聞社の記者から次のような質問を受けました。

アカデミズムの研究者を束ねる大学の学長として、今回、同僚の川崎先生のノーベル平和賞受賞をどう思いますか?

他のノーベル賞受賞を祝した会見では、受賞者が大学関係者である場合には、当該学長が"本学の名を高める誉れである"と答えるのが通例のようですが、私は次のように答えました。

恵泉は1929年、平和な社会の構築に尽くす女性の育成を願って一人のキリスト者:河井道先生が創立した学び舎であり、以来学園として88年、大学は30年近くその理念を女子教育に結集してきました。とりわけ大学では国際の学びを通して、その理念を学問的に深める取組に注力しています。しかし、恵泉女学園大学の教育は単なるアカデミズムではない。学生たちは日本国内はもとよりアジアや欧米各地に出向き、人々と暮らしを共にしつつ異なる歴史と文化への理解・関心を、実体験を通して育む地道な実践を大切にしています。今回の川崎先生をはじめとしたICANへの支援にいち早く動いたのも学生たちです。被爆者の声を支え続けた世界各地のNGOとのつながりを日頃から大切にしている本学の教職員の熱い思いと学生たちとの連携が今日を迎える基盤になっています。

まさに、この言葉を裏付けてくれた院生たちの働きでした。彼女たちの声と手作りの募金箱をご紹介いたします。

  • 空襲体験をしたので、と大学まで届けてくださった方。長崎旅行で記念館を見学し、自分にできることがないかと思っていたという友人もいました。みなさんの想いが繋がった1カ月でした。各地を勢力的に回る川崎先生の健康が心配なこのごろです。

    高屋恵津子

  • 今回のノーベル平和賞を機に、核兵器禁止条約への理解と支持が日本の市民社会に広がってほしいと願います。中でも、ヒバクシャの方々が未来世代のために、その一生をかけて核兵器禁止条約の採択まで漕ぎ着けてくれたことを思うと、深い敬意を感じずにはいられません。私と同世代の方や、より若い世代の方たちにもこのことを知ってほしいと思いました。

    日比野千佳

  • 核兵器のない世界をつくりたいという同じ志を持った全国の皆さんの想いが実を結び、キャンペーンの目的を果たすことができました。この取り組みを通して、希望を持ち続けること、あきらめずに行動することの大切さを学ぶことができました。

    上垣路得

  • 恵泉の平和学専攻の院生としてオスロキャンペーンに参加できたこと、本当に得難い経験でした。目標額を大幅に超えたことに日本人の良心を感じました。また、恵泉の素敵な仲間との連帯感も私にとっての大きな財産になりました。ありがとう! みなさん!!

    佐相洋子

最後に、12月6日の贈呈式で川崎先生が言われた言葉を紹介いたします。

今回のカンパがこれだけ集まったことをあわせて考えますと、よく日本は核兵器禁止条約に参加していないといわれるけれど、それは違う。核兵器禁止のプロセスに参加しているんです。NGOもこのプロセスを大事だと思って、これまで禁止条約の交渉過程にも参加してきましたが、今回のカンパでもこれだけの日本人、市民社会が参加してくれた。今回の平和賞受賞を日本の市民社会全体で祝って、全体で送りだしてくれる、全体で参加しているということだと思う。それだけこの核兵器の禁止と廃絶に対して、強い思いと支持が日本全体にあるということを改めて実感し、活動をしている者として励みになります。
今回のノーベル平和賞の授賞式は、単にお疲れさまでした、賞を得て良かったではなくて、この勢いをさらにここから次の段階にスタートさせて、これをキックオフとして 本当にここから核兵器をなくしていくという、そのことを応援したいという思いで皆さまがお金を寄せて下さったことを、改めてかみしめています。

被爆者の方々が70年に及んであげ続けていらした声、その声に真摯に耳を傾け、共に歩もうとした人々の輪のひろがり・・・。平和を祈念する人間の精神の強靭さと真の優しさを称えた賞でしたが、そのことに思いを同じくする人々が今の日本にこれほど多くいることを心から嬉しく、幸せに思います。