3月卒業式式辞 いずこにても いつにても
2019年03月18日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美
皆様、学部卒業、そして、大学院修了、おめでとうございます。
学士、修士の学位を取得され、これから新たな人生を踏み出される皆様に、心からのお祝いを申し上げます。
また、ここにご列席のご家族・保証人の皆様のお慶びもいかばかりかとお祝いを申し上げますとともに、これまでお嬢様を見守り、慈しみ育んでいらしたご労苦に教職員を代表して深い感謝と敬意を表します。
さて、本日の私の式辞のタイトル「いずこにても、いつにても」は恵泉の校歌に刻まれている言葉ですが、この言葉を胸に、この先、卒業生の皆様がどんな人生を送られるのかと想像いたします。
「多様化」「グローバル化」「地域創生」「女性活躍」、今日、そして近未来の社会を語るとき、常に登場するキーワードですが、まさにこの恵泉で学ばれたことを皆様がこれからのご自身の人生に、そして社会に活かす時の到来ではないか、と私は胸の高まりを覚えます。
まず「多様化」ですが、皆様の巣立ちを形容する言葉でもあると思います。就職先や進路がさまざまなだけでなく、それぞれの道を踏み出された後の生き方もまた、女性の人生特有のライフイベントとの出会いと共に多様となることでしょう。
卒業を前に何人かの学生の方とお話しをいたしました。"就職が決まった先で、できるだけ長く、できれば最後まで勤め上げたいと思っている。なぜなら折角この私を選んでくれたのだから"と就職先への感謝の声がありました。その一方で、"就職先で誠実に働くけれど、生涯働き続けるかどうか、むしろある時期は子育てや家庭のことに専念したい。それはけっして自分を犠牲にするのではなく、主体的に選んだ決断としたいと"いう人もおられました。歩み方はそれぞれに異なりますが、「いずこにても、いつにても」他者への感謝の心と自分の生き方は自分で決めるという潔い覚悟を持ち続けることは、皆様が学ばれたこの恵泉の大切なスピリットです。
そして、「グローバル化」と「地域創生」。この二つを調和させた生き方もまた、恵泉の学びから拓かれ、実りを結ぶことと期待しております。
3年前にこのキャンパスを巣立った卒業生のことをお話ししたいと思います。国際社会学科で学び、国際問題や貧困などに関心をもって幾度か海外への研修の機会をもった方ですが、現在、生まれ育った新潟県の佐渡市で、地元の特産品、かやの実を活かした"かりんとう"づくりに専念しています。
日本やふるさとから出てみて初めて地元の良さを再認識し、地元のために何か力になれる仕事に就きたいという気持ちから、たった一人で伝統の菓子づくりに奮闘している生き生きした姿が、先月の末にテレビで放映されました。同じゼミに所属していた友人が "地元で頑張っている彼女を取り上げてください"と手紙を寄せたことがきっかけだったとのことです。ふるさとは何もないように見えるけれど、大切な宝物が眠っているはずだと、その宝物に着眼して、地域創生に活躍するその卒業生の方の視点と活動のエネルギーが、広く国際を学ぶ中で培われたことに、私は恵泉の教育の大きな可能性を見る思いです。
さまざまな夢と希望をもって船出をなさる皆様の前に開かれている世界は、しかしながら、けっして平坦なものばかりではないことも、申し上げておかなくてはなりません。
日本社会は今、政府をあげて女性活躍を推奨していますが、そして、それは喜ばしいことではありますが、家庭や職場、地域の中には未ださまざまな差別や格差、偏見が厳然として残っています。果たしてこの日本社会は本当に女性たちを対等なパートナーとして認めているのかと、忸怩たる思いを禁じ得ません。女性だけでなく、子どもや高齢者、障がいをお持ちの方々が生きる現実の厳しさもまたしかりです。さらに世界に目を転ずれば、各地で起きている生々しい紛争、格差、女性への差別や暴力には目を覆うものがあります。解決の時が急がれる課題が山積しています。
こうした中、2018年度のノーベル平和賞は性暴力と闘う二人に与えられました。そのうちのお一人、コンゴ民主共和国のドゥニ・ムクウェゲ氏は、武力紛争が繰り広げられる中、性暴力の被害に遭った女性たちを心身両面から支援し続けている医師ですが、"大学の役割は不正義に対する怒りを教えることである"と発言しておられます。ムクウェゲ氏のこの言葉は、紛争下の世界のことに限らず、日本社会に暮らす私たちも重く受け止めるべき言葉であり、この恵泉で皆様が学ばれ、身につけられたことへの確かな応援のメッセージでもあると私は思います。
この世に生を授かった人がひとりでも充たされない人生を送ることがない社会を築くことが、真の平和に尽くすことであるという恵泉の教育理念のもとで皆様は学んでこられました。自分を愛するように他の人を尊重する心を「聖書」に。アジアや欧米の各地に出向き、価値観や生活習慣・文化の違いを体験して、偏見や差別に立ち向かう力を「国際」に。土に親しみ、植物を育て、いのちと自然を慈しむ心を「園芸」に学び、これらの礎のうえにそれぞれの学科・研究科の学びを深められました。恵泉での学びに誇りと自信をもってください。この恵泉での学びに磨かれた知性と品性をもって、社会の不正義に対して、凛として、しなやかに闘う姿勢を、「いずこにても、いつにても」、忘れずに磨き続けていただきたいと思います。
それはけっして平坦な道ではないことでしょう。平和構築に尽くす自立した女性の育成を願って90年前に恵泉女学園を創立された河井道先生は、「まっすぐな狭い道を歩くこと、人々が踏みならした道を行くことに満足せずに」開拓者となれ、と言われました。それはたやすいことではないと思いますが、困難な仕事を与えられることは幸せなことです。困難を乗り越える勇気、何よりもたった一人ではなく、周囲の人々と力を合わせる心と術を、この多摩キャンパスの日々の中で皆様は身につけられたことにも、自信を持ってください。
皆様が巣立っていく社会は紛れもない競争社会です。他を押しのけて勝ち抜くことを優先して今日の繁栄が築かれてきた社会です。しかし、その限界も今、明らかになりつつあります。福祉が行き届いた国として知られるスウェーデンでは、人々が悲しみを分かち合うという哲学「オムソーリ」を大切にしていると聞きます。
人生には喜びも多いけれど、それ以上に哀しみに満ちている。哀しみを分かち合ってこそ、人の暮らしも社会も豊かになれるという哲学です。人生の苦楽を、とりわけ哀しみや不条理、社会の不正義への怒りを信頼できる人々と分かち合い、そのネットワークを広げることは、「多様化」「グローバル化」「地域創生」「女性活躍」がますます推進されていくこれからの社会を生きる皆様に求められている大切なことです。社会のいつ、どこにあっても、皆様は求められる人とおなりになることでしょう。
恵泉で学び、友人や教職員と共に過ごした日々のことをいつ、どこにあっても、心の糧とし、今日の日まで頑張ってきたことに誇りを持って、ご自分が決めた道を胸を張って一歩、踏み出してください。皆様は私たち教職員の誇りです。皆様のことを、この恵泉は、いつも、いつまでも見守り、応援していることを覚えていらしてください。皆様のお幸せとご活躍を心から願って、式辞とさせていただきます。
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