体罰によらない子育てのあり方を考える国の検討会発足

2019年09月09日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

先週の9月3日、国の「体罰等によらない子育ての推進に関する検討会」が発足しました。

昨年、目黒区で、今年は野田市と出水市で、幼い子どもが虐待で命を奪われるという痛ましい事件が続いています。さらに、昨年度の虐待相談件数は15万9850件。調査が始まった1990年度の1101件に比べて、その急増ぶりには胸ふさがる思いです。

こうした中、本年3月に児童虐待防止対策の強化を図るための児童福祉法等の一部が改正され、来年4月1日から施行の運びとなりました。
この改正の中で、"親権者は、児童のしつけに際して体罰を加えてはならないこととする"と明記されていますが、これが親の間に不安と混乱を高めていることも事実です。
たとえば、言葉によるコミュニケ―ションが十分できない乳幼児期に、してはいけないことや危険なことをどう教えたら良いのかと戸惑い、あるいは、手のかかる盛りの乳幼児期の子育てに疲弊して、思わず手を挙げてしまうことも、多くの親が経験していることでしょう。自身のいたらなさを反省し苦悩している親たちを、法律がさらに追い詰めることはないのか等々の不安もあります。

児童福祉法改正が指摘していることの重要性の一方で、親の育児不安の軽減もまた急務とされる中、本検討会は、"体罰の範囲や体罰禁止に関する考え方を示したガイドライン等を作成し、国民や関係者にわかりやすく普及するとともに、保護者に対する支援策もあわせて周知を行うなど、体罰等によらない子育てを推進するための検討を行う"ことが求められた訳です。

年内のとりまとめを託された本検討会で私は座長の任を担うこととなりましたが、それに際して、改めて思い出されるのが、1979年に"子どもへの体罰と屈辱的な扱いの禁止を盛り込んだ親子法改正案"をほぼ満場一致で国会で可決したスウェーデンの事例です。世界で初めての体罰禁止でしたが、このムーブメントに貢献した数多くの著名人の中で、私がとりわけ胸動かされるのが、『長くつ下のピッピ』の作者で知られるアストリッド・リンドグレーン(Astrid Lindgren)さんのスピーチです。

リンドグレーンさんがある高齢の女性から聞いた話として語った一節を引用します。

・・・その女性がまだ若い母親だった頃、しつけのためには子どもを叩く必要があるという話を耳にしました。ある日、幼い息子が罰に値すると思えることをしたので、女性は「森に行って、お母さんがお前を叩くのに使う樺の枝を見つけてきなさい」と言い渡しました。
男の子はなかなか戻ってきませんでしたが、ついに泣きながら帰ってきて、こう言いました。"樺の枝は見つからなかったけど、石を持ってきたよ。これを僕にぶつければいいよ"。
そのとき突然、母親は息子の視点から状況が見えるようになり、涙があふれてきました。男の子はきっとこう思ったのでしょう。"お母さんは僕を傷つけたいのだから、石だって使うだろう"。母親は息子を抱きしめ、2人でしばらく泣きました。そして、台所の棚の上に石を置き、いつもそれを見て、このとき立てた一生の誓いを思い出しました。その誓いとは、決して暴力を振るわないということでした。・・・・

『子供に対する暴力のない社会をめざして 体罰を廃止したスウェーデン35年の歩み』
Save the Children 2014より引用

そもそも"体罰を用いない子育てとは? 体罰としつけとの境界はどう引いたら良いのか?
非常に難しい議論が交わされることと思いますが、委員の方々と力を合わせて議論を尽くしたいと思います。

時代や国、社会の状況によって、親子関係もまたさまざまですが、"子どもは愛されるために生まれてくること。愛された子どもは、愛することを学ぶ"ことは変わらぬ真実です。

なお、間もなく始まる秋学期で、私は「親子関係学」を担当いたします。近年、親子関係がさまざまに課題を持つ中、虐待問題には学生たちも高い関心を寄せています。若い学生たちの声もまた検討会の議論に反映していけたら、と願っております。