台風19号に寄せて、ある学生の思い

2019年11月04日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

関東各地に甚大な被害をもたらした台風19号から3週間余りとなりました。
浸水被害等の処理がままならない中、さらに追い打ちをかけるような大雨の被害に見舞われている地域の方々もいらっしゃいます。心からお見舞いを申し上げますと共に、一日も早い復興と被災された方々の心に安らぎがもたらされることをお祈りしております。

今回の台風では、大学が所在する多摩市周辺は比較的被害が少なく、また土曜日に計画運休をした交通機関も大半が翌日の日曜日の午後には通常通りとなりました。そのため月曜日の授業と授業公開オープンキャンパスは予定通りに行う旨の通知を大学HPに掲載し、学生たちにも通知をしたところ、一人の学生から私宛てにメールが届きました。

「先日起こった台風19号を経て、自然災害について思ったことをSNSに投稿しました。学長にも私の考えを知って頂きたいと思いご連絡させて頂きます。もし可能でしたら、お話しできる機会を頂けますでしょうか?少しの時間でも構いません」という書き出しのメールに添付されていた原稿には、「こんなにも身近なところに被害があるのに、私たちの世界がこんなにも通常通りの日常でよいのだろうか。大学は授業を休講なり補講の処置をし、その代わりに学生全員が被害を受けている人や場所に行き、ボランティアとして参加したい。大学生の私たちは、無関心でいてよいのだろうか。災害の多い国だからこそ、災害をもっと近くにいつでも潜むものとして実体験を通じて学ぶことはできないだろうか」(要約)等々と切実な思いがいっぱい綴られていました。

この学生のメールを学長室メンバーと共有しましたら、すぐにそして次々と私に返信が届きました。

  • 日常的である事への素朴な疑問、私も学生時代に同じようなことを思いました。この学生とじっくりお話が出来る先生を羨ましく思います(岩村太郎・副学長)
  • この文章、共感できるその内容はさることながら、その文章力・伝える力に感心しながら拝見いたしました。恵泉ではこうした学生が育っているということ、大きな喜びです。そして、学生のこうした思いや感覚を大学はどう受け止めていくのか、恵泉教育の神髄が問われているようにも思います(笹尾典代・教務委員長)。
  • 大切な感覚であると思いました。東日本大震災の時の卒業式中止の判断や、今回の台風に際して通常か休講の判断をする時の感覚や気持ちにおいて、共感するところがございます(舘野英樹・大学事務局長)。
  • 昨日の状況でしたら、大学としては授業をやるのが当然ではあると思います。
    休講にした分の補講で予定が狂ってしまう学生もいますから。
    しかし、大学が休講にならなくても、自身の想いを大切にして、大学を休んでボランティアに行っても良いのだということを、知ってほしいと思いました。
    少し違いますが、実は私も大学1、2年の時に一般教養の生物の先生に誘われて、その先生の研究室で実験をさせていただき、そのかわり歴史学やら心理学など、農学系以外の授業はさぼりまくって成績は酷いものでしたが、とても充実した時でしたし、その時にすごく鍛えられたと思っています。お正月も元旦だけ休んで、実験していましたから。単位や成績なんて卒業できれば問題ないので、その範囲で、もっと自身の想いを大切に、やりたいことは行動に移して!とこっそり教えてあげたいです(樋口幸男・学長特別補佐&就職委員長)
  • NGOやボランティアの授業、コミュニティサービスラーニングの授業を履修したりすることで、人を助けるということをより学問的に考えたり、実践的に学んだりする、という選択肢を示すことも可能かなと思いました(漆畑智靖・学長特別補佐&次期アドミッションセンター長)。
  • 入学以来、恵泉で学び、大学からのメッセージを受け止めてくださったんですね。学長と話し合う時間がこの学生にとって、かけがえのない時になると思うと、とても嬉しく思います(長尾恵子・学長室)
  • 感受性の高さ、繊細さに触れさせていただきました。このような思いを持つ学生が少なからずいるということ、大切にしたいと思います。この学生が直接放った勇気、思いを学長に受け止めてもらえる機会があることも良かったです(野間田せつ子・事務局次長)

学長室メンバーからの早速の賛同と応援を得て、メールが届いた翌日、学長室で面談の機会を持ちました。
その学生さんは英語コミュニケーション学科2年の後藤茉里さん。
学長室メンバーからのメッセージに「こんなに早く、そして、すばらしいお言葉をいただけるとは思っていなかったです」と嬉しそうに目を輝かせながら、メールを私宛てに送ってくれた思いを語ってくれました。
後藤さんの話はおおよそ次のようなことでした。

  • 今年の春学期、アイルランドのダブリン大学に留学。13時以降は自由時間で、じっくり思索する時間が与えられたので、自分の思いを毎日綴ることを習慣とした。私は書くことが好きだということを自覚した。
  • 自分たち学生は先生方や大学からいつも与えられる立場。自分の思いを伝え、それに対して、先生方や職員の方の考えや思いを聞くことはなかなか叶わない。今回のことでは、是非、自分の思いをお伝えしたかった。
  • 友人たちもいろいろな気づきや思いを持っている人はいる。今回の台風のことでも、世の中の一部に、"案外あっけなかったね"とか"被害が少なくて良かった"など、自分の周辺のことしか見ない声があることに違和感を覚えたという友人もいる。でも、その思いをどう表現したらよいかが、分からないという。思うだけでなく、アウトプットの力を磨くことが必要だと考えている。
  • 自分は行動力のある方だと思う。ただ、一人で行動するのではなく、いつもだれかと思いを共有し、だれかと思いを抱き合っていたいという感覚を持っている。
    この夏に東京都美術館でアーティストの北澤潤さんの企画展「BENTO-おべんとう展」の中の仮設【おすそわけ横丁】に参加した。お花見で見ず知らずの人同士がお弁当を分かち合うように、社会への思いや嘆き・悲しみ・喜びを分かち合う経験を通して、たくさんのことを学んだ(写真はそのときのものです)。

後藤さんは、アイルランドが好き・文章を書くことが好き・・これは事務局次長の野間田せつ子さん(大学Ⅰ期生)と同じと思って、途中から学長室に来てもらい、話に加わっていただきました。
野間田次長は大学の先輩としても後藤さんの気持ちをしっかり受け止めてくれて、話がさらに深まったことは、とても嬉しいことでした。

野間田次長(左)と後藤さん(右)

今回のことをきっかけに、恵泉で何かしたい、動きたいという思いを皆に訴えてみてはと提案したところ、さっそく、次のようなメッセージを送ってくれました。

「先日、経験したことのない規模と言われる台風19号が日本に上陸した。安倍内閣の二階俊博氏は「(被害は)まずまずに収まった」という発言をしたことで非難されたが、私も、台風一過後「私は大丈夫」だったため晴れた空を見ながら「台風たいしたことなかった」とそんな言葉が出そうになった。自然災害の多い日本で、今までテレビやネットを通じて見てきた災害の様子も、やるせないという気持ちを抱きながらいつもどこか他人事として受け取っていたのだろう。「相手が」という発想を持ち共感することは、意外と難しいことなのかもしれない。もし、「私」とは自身の肉体と精神のことだけでなく「私」とは家族の一員、地域の一員、日本の一員だという意識を持っていたなら、災害を自分の一部と思い、違う言動ができたはずだ。そこには社会も私も繋がりを求めているという問題があるのだと思う。
今のあなたは恵泉の一員として大学生活で何に力を注ぎ、またどんな瞬間に心を躍らせているのだろう? 大学に向かうバスの中ではいつもいろんな声が聞こえてくる。そこには尽きない会話の中で、日々の気づきだったり現状への嘆きだったり将来への悩みが溢れている。だが、ほとんどの場合それをアイディアだと気づかずそこから積みかさねていけずに、ただ無い物ねだりをする。大学生活には学び、考え、遊ぶことに費やすスペースがある。それは、生き方を構想し実現できる場でもあるはずだ。また、自分の人脈をつくり社会との繋がりもつくっていける時間だろう。そのような想いからその一歩として、私たちはアートプロジェクトサークルを立ち上げた。英語でWAY OF LIFEは文化ととらえられる。これから私たちとあなたで共に挑戦し恵泉で文化を創り上げて行こう。(EC2年 後藤茉里)

以上です。
後藤さんの思いが多くの学生に伝わることを願って、このブログでもご紹介させていただきました。