この夏、広島で平和を思う学生たちの旅

2022年08月29日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

8月5日から7日までの3日間、「多摩市子ども被爆地派遣事業」に同行した恵泉GZクラブ(KPKA)メンバーの学生たちの広島研修報告が届きましたので、皆さまとも共有させていただきたいと思います。

*KPKA(クプカ)は恵泉平和紙芝居研究会の略称。東京Ⅱゾンタクラブを親クラブとして、日本で最初の「ゴールデン ジー(GZ)クラブ」としての認証を受け、様々な学びのためのご支援をいただいて活動しています。

下記は参加した学生の一人のレポート(一部抜粋)です。少々長いですが、貴重な学びを得られたことが伝わってきますので、お読みいただければ幸いです。

大熊羽波(人間社会学部 国際社会学科 2年)

一日目、広島に着いたとき、滝のような雨が降り始めました。雨の中千羽鶴を献納し、足元がびしょ濡れになりながら歩きました。広島研修のスタートを切る一日目なのに、このような天気で少し残念でしたが、今日の雨は「感謝の涙」。広島平和記念公園を見学した際、ガイドさんが言われた言葉です。この時期には、広島はなかなか雨が降らない。今日私たちが平和を学びに広島派遣に来てくれたことで、亡くなった人たちの魂が嬉しくて涙を流したという意味だそうです。広島派遣初日は、大いに歓迎され素敵なスタートをきれた一日となりました。

今回のこの広島派遣で、私が一番強く感じたことは平和と国際性の関係です。

一日目の平和記念資料館では、戦争時、原爆の被害を被った人々のリアルな写真を見ました。本当にひどくて、残酷で、なぜ当時の人間がこんな苦しみをしなくてはいけなかったのか、強く疑問に思いました。自分の心の中に、怒りと悲しみ、戦争の悲惨さを写した写真を前に、自分一人では何もできないという無力感と絶望、そんな混沌とした気持ちを抱えました。その気持ちのまま、次のフロアに向かいました。そのフロアで私は、平和と国際性の強い繋がりと、そこに大きな希望を感じました。そこでは戦争で使われた核を中心とした世界の動き、歴史がまとめられていました。核が作られたところから、どれほどの被害を生んだのか、そして核をなくそうとする世界の動きが記されていました。私はこの歴史の流れを見て、世界は着実に良くなっていることを強く感じました。先ほど、悲惨な写真を見て感じていた絶望の気持ちが、そこで晴れたのです。そして同時に、世界の国々が核廃絶という目的のために尽力している事を知り、平和は日本だけではなく、世界中が協力し合って実現できるものだということを確信しました。資料館で私の目に大きく映ったのは、海外の人々の姿でした。原爆が落とされた日本に関心を持ち、戦争について学ぶために、この資料館に来てくれている世界の人々の姿を見て、この人たちと一緒に平和を築いていきたいという大きな希望を感じました。

二日目は、ANTというNGO団体の方々と一緒にフィールドワークをしました。自分たちと同い年ぐらいの若者や海外の方も多く、一緒に活動に参加することで、前日に感じた平和と国際性の繋がりをより強く、確信的に感じることができました。彼らとコミュニケーションをとっていると、その希望がどんどんと膨らんでいきました。広島派遣に行く前に、私は「平和とは何か」「平和実現のために私ができることは何か」ということを、広島の地で探したいと思っていました。「平和とは何か」この答えは、見つかりませんでした。平和というのは一人で決めるものではないからです。だからこそ、世界の人々と対話をして平和とは何か、実現するためにどうしていくべきかを共に考え続け、構築していくことが大切だと学びました。

引率したKPKA顧問の岩佐玲子先生(教育学)の報告です。

今回の研修で心に残ったこととして学生たちが挙げていた内容の一部です。

  1. 原爆投下で犠牲になった人の多くは女性や子どもであり、その中には、日本人だけでなく多くの外国人も含まれていたことを知り、愕然とした。
  2. 犠牲になったのは人間だけではない。建物や植物、動物など、物を言わない存在達も一瞬で命を奪われた。今も痛みや苦しみを抱えながら葉を茂らせている被爆樹木が人々に生きる希望を与えてきたという事実に感動した。
  3. 生き残った人々の深い哀しみと辛さがこれからも続くことから、核兵器の恐ろしさを改めて認識した。
  4. 日本国内からはもちろん海外からも沢山の人が広島に集まり、多くの人がヒロシマを通して平和について学ぶ姿を目の当たりにして、未来への希望を抱いた。

酷暑の広島市内をマスク姿で汗を拭きなが歩き回った三日間でしたが、どの学生も晴れ晴れとした表情でした。このように、体全体を使って心を開いた状態で平和について学ぶことができましたのも、「多摩市子ども被爆地派遣事業」関係者の方々のご配慮と、東京Ⅱゾンタクラブ様のご支援のお陰です。本当にありがとうございました。

原爆の子の像の前で(右端は多摩市の阿部市長。阿部市長は平成23年に多摩市平和非核都市宣言を行い、「多摩市子ども被爆地派遣事業」の際には子どもたちと一緒に毎年参加されています。)
千羽鶴の献納
原爆ドームの解説
平和記念公園にて多摩市の皆様と