社会・人文学会開催のご報告
2024年07月08日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美
今回は先月末に開催した2024年度『恵泉女学園大学社会・人文学会』総会についてのご報告です。本学会は「文化と社会にかかわる現象を総合的に研究すること」を目標に、学生と教職員が共に作り、運営も教職員・学部学生・大学院生の委員によって行われている本学独自のものです。
総会の第1部では「2023年度活動と決算・監査」と「2024年度の活動計画と予算」についての報告が、第2部では谷口稔先生(本学人文学部客員教授)による講演「新渡戸稲造の植民思想」が行われました。
谷口稔先生は新渡戸稲造研究で、横浜国立大学大学院国際社会科学府より、2018年に博士号(経済学)を取得されています。博士論文のタイトルは『新渡戸稲造の人格論と社会経済思想』で、博士論文は 『新渡戸稲造 人格論と社会観』(鳥影社 2019年)として上梓されています。
講演では、新渡戸稲造をめぐるいわゆる通説(「光と影」(光:教育面での高い評価/影:台湾における植民政策への協力)に対して、非常に鋭く、かつ明晰な反論が展開され、会場の参加者たちは深く胸を打たれました。真摯でかつ、研究者としての品格に充ちた谷口稔先生の新渡戸稲造論を、限られた紙面で紹介するのは到底難しいことに思われますが、その骨子について、無理を承知でメッセージを依頼いたしました。下記、お読みいただければ幸いです。
谷口稔(日本思想)
新渡戸稲造は、台湾の民生長官であった後藤新平からの強い要請で、思いがけず台湾の殖産興業に携わることになり、1901年に渡台した(台湾は1895年、日清戦争の結果、清から割譲を受けていた)。新渡戸は、台湾の甘蔗(さとうきび)に注目し、品種の改良、大機械の導入など、抜本的な対策を進言した。その結果、砂糖は台湾の基幹産業となり、財政的にも日本を支えるものとなっていった。しかし、そのことが植民政策に加担した帝国主義者と批判されることになる。
新渡戸の台湾植民政策には「現地住民への利益を重視すべし」という原則があった。同時に、日本とのコラボで砂糖を生産する協同主義的植民政策であった。そして、将来、物質的に台湾がある程度豊かになった後は、台湾での学校設立も視野に入れていた。物質的豊かさの向こうの精神的豊かさを終局目的とする新渡戸の植民思想は、日本帝国主義とは異質のものであった。
従来から「新渡戸稲造の光と影」ということが囁かれ、影の部分として「台湾の植民政策」が指摘されてきた。しかし、その植民政策の中に、新渡戸の教育活動と共通の精神(人道主義)があったことが窺われる。新渡戸の植民思想は物質的にとどまらず、精神世界に入り込み、植民は文明の伝播という視点を有していた。また、植民は植民する側にも、現地住民の側にも環境の変化をもたらし、人類の境遇拡張につながるという面もあった。新渡戸は、植民した側と現地住民の側の人間性の変化が融合しながら、世界は文明化の方向へと向かうと考えていた。新渡戸稲造は、その時代の枠組みの中で、可能性を最大限に引き伸ばし、「進取の気性」に着目して、社会発展を試みた人物と言えるのではないだろうか。
当日参加した学生たちからもたくさんの感想が寄せられました。その一部をご紹介いたします。
<学生1>
新渡戸稲造が教育面で高い評価を得ていることは知っていましたが、台湾植民政策に協力していたことは、初めて知りました。現代ではマイナスなイメージとして受け取られますが、新渡戸の台湾での植民政策は「住民の利益を尊重する」という考え方の下に行われており、これは植民政策の中ではあまり見ず、自国の利益のみを追い求める政策ではないという点は、非常に評価ができるのではないかと考えました。
<学生2>
植民地というと、支配下に置くというイメージが強かったのですが、台湾が日本の植民地でよかったと思えるような植民政策を新渡戸が行っていたことを知り、素晴らしい考えだと感じました。新渡戸の植民政策が精神面にまでも広がりをもっていたことは考えたことが無く、新たな視点を持つことができました。
新渡戸稲造先生は恵泉女学園創立に大きな支援の手を差し伸べてくださった方ですが、谷口稔先生の新渡戸稲造論に、本学の理念の原点を改めて認識した思いでした。
谷口稔先生の博士論文と著書、ならびに総会チラシと当日の様子は以下の通りです。