生田裕二先生 博士号取得報告

2024年08月05日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

大学は先週8月2日に春学期のすべての授業を終えて、学生たちは夏季休暇に入っております。
春学期の最後に私たちは大変嬉しい報告を受けました。
英語コミュニケーション学科の生田裕二先生が、この度、東京学芸大学から博士号を授与されました。研究テーマは「日本語表現『AのB』の英訳に見る日本人英語学習者の前置詞使用実態に関する多面的考察-前置詞指導の課題と今後の在り方-」です。

生田先生は長年、千葉県内の公立高等学校で教諭として英語教育に携わり、その指導スタイル等について研究を重ねてきました。4年前から本学の教員になられて、学生指導に注力してくださっています。"「難しいことをわかりやすく伝える授業」「毎回、学習者が新たに何かを得られる授業」「学習者がさらに自分で勉強してみたいと思う授業」を行うことが教師側の責務だ"、とする教育理念に基づいた生田先生の授業は、学生たちの人気を集め、大きな信頼を寄せられている授業となっています。

先日の教授会では生田先生の博士号取得を皆で喜び、拍手で先生の長年の研鑽の労とこの度の快挙を称えました。
授業やゼミ等での学生指導に加えて、さまざまな学内業務にも携わりながらの博士論文執筆は、大変なご苦労があったことと思いますが、本学教職員の励ましが執筆の支えとなったと、感謝の言葉が謝辞に綴られていました。

生田先生に、博士号取得に至るこれまでの思いと共に、博士論文の内容についてもメッセージをいただきましたので、ここに紹介させていただきます。

生田裕二(専門:英語教育・認知言語学)

私が前置詞という一見枝葉末節的な文法項目に関心を抱くようになったのは、高校で教鞭を執っていた頃です。特にライティングの授業において、生徒の書いた英文を添削していく内に、いかに学習者が前置詞の使用に苦労しているか、ということが見えてきました。とりわけ『AのB』という、二つの名詞句を格助詞で結びつける日本語頻出表現を英語に訳出することは決して容易ではありません。例えば「家族の写真」は"a photo of my family"ですが、「部屋の鍵」は"the key to the room"、「人口の急増」は"a sharp increase in population"というように、共起する(一緒に使用される)名詞句によって、使用される前置詞は異なります(母語話者によって多少の相違はありますが)。しかし、「の=of」という固定観念を身につけてしまい、ofを過剰使用する学習者も少なからず見受けられる現状を指摘する研究もあり、日本人のライティング学習における問題点の一つとされてきました。自身の経験でも、高校3年生の授業で「昨日、高校時代の数学教師にばったり出会った。」という英作文を扱った際、複数の英語母語話者による模範解答のいずれもが「高校時代の数学教師」を"the math teacher from high school"と訳出していることを説明すると、「なぜこの文脈でfromが使用できるのか理解できない」という質問を多数受けた記憶があります。確かにfromを「~から」としてのみ捉えていると、合点がいかないのも頷けます。つまり、各前置詞の用法を正確に理解することは国内で英語を学習する上での難題の一つと言えるのです。

これらの経験を基に、本論文では学習者の『AのB』表現の英訳実態を50問の空所補充問題形式で、某大学の入学直後の1年生100名を対象に調査し、その正答率から各前置詞に対する理解度の測定を試みました。また、確認のために同じ問題を50名の英語母語話者にも解答してもらい、結果の比較も行いました。

参考までに正答率の高かった問題と低かった問題を数例、ご紹介します(空欄に前置詞を記入)。

【正答率の高かった設問例】

(1) 「家族の写真」:the photo (  ) my family
(正解はof, 正答率96.0%)
(2) 「壁の絵画」:the picture (  ) the wall
(正解はon, 正答率95.0%)
(3) 「京都の友人」: my friend (  ) Kyoto
(正解はin, 正答率87.0%)

【正答率の低かった設問例】

(4) 「高校時代の友人」:a friend (  ) high school
(正解はfrom、正答率9.0%)
(5) 「彼女の髪のリボン」:the ribbon (  ) her hair
(正解はin、正答率4.0%)
(6) 「ルールの例外」:an exception (  ) the rule
(正解はto、正答率3.0%)

この正答率の差の背景には何があるのか、本研究を通して見えてきたことが主に3点あります。まず、一つは学校教科書等のインプットソースに載せられている前置詞句の出現頻度が非常に影響していること。次に、高校英語科教員60名へのアンケートから「前置詞指導にはあまり時間を割いていない」という現状が明らかになったことです。そして、前置詞使用における英語母語話者の感覚が日本人のそれとは必ずしも一致しない、ということが挙げられます。上記の設問(5)に関して日本人大学生の大半はonを選択しました。確かに私たちの感覚では、リボンは髪の「上に」乗っているイメージがあります。しかし、調査に協力してもらった英語母語話者からのコメントに、リボンは髪の「中に」入り込んでいるもの、という回答がありました。つまり、前置詞使用には話者の認知的側面も加わってくる、ということなのです。

あらためて前置詞使用の難しさと奥深さを実感した研究でした。今後は学習者にとってより系統的かつ効果的な前置詞指導の在り方を模索していきたいと考えています。

生田先生の今後の研究のさらなる発展と益々の活躍を祈って、学長室でお祝いの記念撮影をいたしました。

生田裕二先生
学長室の河井道先生のお写真の前で
藤田智・稲本万里子 両副学長とともに
舘野英樹 大学事務局長(後列左端)も加わって
野間田せつ子 大学事務局次長(後列右端)
も加わって