"子どもと平和"について考える
2025年03月03日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美
今日は「桃の節句」ひな祭りです。女の子の幸福を祈る行事とされていて、ジェンダー平等と多様性の観点から近年は問題視する向きもあります。しかし、もともとは男女を問わず、親が子どもの健やかな成長と幸せを願う行事だったと言われています。今日はその節句の日にちなみ、子どもの幸せを願ってきた人々の営みをふりかえってみたいと思います。
1つは、本学の図書館から「図書館報」への寄稿を求められたことです。
"~今回の特集のテーマは「私が平和について語るなら」(仮題)です。平和を願うとき、平和とは何かを問うとき、などに想起する本や文中の言葉、おすすめの一冊などについて、ご紹介をいただければ有難く存じます~"との依頼を受けて、私がすぐに想いうかべたのが、『長くつ下のピッピ』の作者で知られるアストリッド・リンドグレーン(Astrid Lindgren)さんが、1978年に「ドイツ書店協会平和賞」を受賞したときのスピーチ"Never Violence"でした。
当時、子どもへの体罰が公認されていたスウェーデンで、一人の母親が幼い息子にしつけのために体罰を加えようとしたとき、子どもが浮かべた恐怖と絶望に近い悲しみの表情に大人の傲慢さと罪深さを気づかされ、今後、けっして暴力を振るわないと心に誓ったというエピソードが盛り込まれたスピーチです。このスピーチが大きなきっかけとなって、翌1979年にスウェーデンが、子どもへの体罰と屈辱的な扱いの禁止を盛り込んだ「親子法改正案」をほぼ満場一致で国会で可決し、世界で初めて体罰を禁止した国としてひろく大きなインパクトを与えました。
平和な社会とは戦争や紛争のない社会であることは言うまでもないことですが、そのためにも"まず家庭の中に平和"を、とのリンドグレーンさんの願いを私たちは心に深く刻みたいと思います。
*「図書館報55号」は来月、大学HPに掲載予定です。
もう一つは、NHKが「放送100年関連特番」として企画した「ずっと親子のそばで」についての収録です。先週、世田谷にあるとてもすばらしい環境の保幼園を会場にお借りして、子育て真最中のご家族と共に、NHK教育テレビ開局1959年から今日までの映像を通して子育ての変遷を考えるひと時が持たれました。
戦後の高度成長期以降、母親一人に子育てが託された時代の映像を見つめる会場の若い母親たちから、すすり泣きの声と共に今も変わりないつらさが語られる様子に、「母性愛神話からの解放」を願って博士論文に取り組んでいた50年前が走馬灯のようによみがえってきました。わが子を懸命に愛そうとするがゆえのつらさもまた同様でした。ただ、当時と大きく変わったと思えたことは、母親たちが自分の言葉でしっかり胸の内を語っていたこと、そして、傍らにいる夫(父親)たちの姿でした。妻(母親)の思いを深く受け止めていることは、単に言葉だけでなく、収録の間、わが子をしっかり抱きしめている姿からも伝わってきました。高度経済成長期の父親たちが企業戦士と言われ、家庭や子どもを振り返ることもなかった・できなかったことと対照的な光景でした。
時代の移り変わりとともに子育ても変わっていましたが、子どもの健やかな成長を懸命に守ろうとする親の悩みや苦しみに変わりはないと、会場から深い共感が寄せられていました。収録後、参加者の一人の父親が「メディアはこうしてそのときどきの親の姿や声を丁寧に掬い、それを渦のようにして社会を変えていってくれたんですね」と述懐していたのが印象的でした。半世紀余りの時が光に向かって確かな歩みを重ねてきたことを実感し、改めて"家庭の中にこそ平和を"とのリンドグレーンさんの願いをかみしめました。でも、それは親だけの努力でなされるものでもない、メディアをはじめとして社会全体で心を尽くすものであることを深く考えさせられた一日でした。
*この番組は3月26日午後10:00~10:59(NHK Eテレ)放送と聞いております。
以上、"子どもと平和"について、2つのご報告をさせていただきました。


写真撮影:アートスタジオスズキ
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