恵泉ディクショナリー
歴史小説歴史文化学科
[れきししょうせつ] historical novel
歴史小説とは
森鷗外(1862-1922年)は、短編集『意地』の刊行に際し、「意地は最も新しき意味における歴史小説なり。従来の意味における歴史小説の行き方を全然破壊して、別に史実の新しき取り扱い方を創定したる最初の作なり」という広告文を書いた。『意地』所収の『興津弥五右衛門の遺書』(1912年)は日本における最初期の歴史小説と言われ、鷗外の意気込みを示す広告文である。鷗外はこれを皮切りに、4年間で、都合16作の歴史小説を著した。
他方、イギリスで歴史小説の先駆となったのは、ウォルター・スコット(1771-1832年)の『ウェイヴァリー』(1814年)であると言われる。鷗外に先立つこと100年である。『ウェイヴァリー』はその後、「ウェイヴァリー小説」と呼ばれる歴史小説の流行を作り出し、スコット自身も計27作の歴史小説を世に問うた。
日英で1世紀を隔てて歴史小説を始めた鷗外とスコットであったが、両者には共通するところがあった。『興津弥五右衛門の遺書』は、明治天皇崩御後の乃木希典殉死をきっかけにしていて、殉死の報に接してからわずか4日後に完成した。同郷の乃木を思いながら江戸初期に主君の後を追って割腹した興津弥五右衛門の最後を描いた。「主命なれば、身命に懸けても果たさでは相成らず」という作中の台詞に表れているとおり、忠義をテーマとした。
副題に示されているとおり、『ウェイヴァリー』は「60年前の物語」であり、1745年のジャコバイトの乱を背景とした。ジャコバイトの乱は、名誉革命によって追われたジェイムズ2世の後継者をイギリスの王位に就けようとする復古的政治運動であったが、世の趨勢に逆らって忠義を尽くす物語の素材となりえた。スコット自身、作中で、忠誠心という「徳義の問題を、この作品の構想の根幹に据える」つもりであると説明している。
2014年03月03日 筆者: 高濱 俊幸 筆者プロフィール(教員紹介)