『マジすか学園2』のこと
一般的には広報(Advertisement)と広告(Public Relation)の区別がつかない人が殆どだろう。まずそこを押さえておきたい。定義は様々にありえるけれど、いわゆるマスコミ界で定着している分類に倣えば、「広告」とは提供する側が対価を支払って自分に関する情報を流す方法だ。大学でもオープンキャンパスが近づくと電車の車内に広告を出したり、ラジオでCMを流したりする。それは車内広告を扱う広告会社や、放送局と契約関係にある代理店に金を払って情報を流してもらっている。
それに対して「広報」では自分に関する情報を流しつつも提供者側が対価を払わない。広告として情報を提供するのではなく、マスメディアの日常業務の中に自分たちの情報を載せて流して貰う方法だ。
たとえば企業が新商品を開発したとき、もちろん宣伝広告も打つけれど、新聞や放送記者を集めて発表会を行うことがある。うまくゆけば新聞に新製品の記事を書いたり、ニュースに取り上げてくれる。もちろん記事になるかはあらかじめ決まっていない。その新製品にニュースとして報じる価値がありそうな気配を嗅ぎ取って記者たちは発表会にやってきて、予想通りそれが面白いものであればニュースにしてくれる。こうしてニュースになって流れれば、広告宣伝費をかけずに広く新製品を知らせることができたので成功だが、いつも成功するとは限らない、それが「広報」の現実だ。
個性的だからこそ「広報」が有効
このようにリスクはあるけれど、「広報」という手法に恵泉はもっと力を入れるべきだと思っている。なぜかといえば、恵泉の場合、教育の質を重視して少人数制教育を堅持してきたので、マンモス大学と同じような巨額の広告予算はとても望めない。しかし恵泉を受験したいと思ってくれるだろう高校生、恵泉が迎え入れたいと考える高校生は、全国に散らばっており、その意味ではマンモス大学と同じく全国区の広がりで大学のことを知って貰う努力をしないといけない。
そのために広告が打てないのであれば、広報の手法を使うしかない、そんな事情がある。しかし、こうした消極的な事情だけでなく、積極的な理由もある。恵泉は、たとえば環境の時代と謳われるはるか前から園芸教育を伝統的に擁していたことなど、カリキュラムが極めて個性的だ。今や世界中で求められている「多文化共生」を実践できる人材養成を先駆けていることでも注目に値するだろう。
こうした恵泉の個性は、広告費をかけてそれを宣伝せずとも、マスメディアの回路に載って広く広報され得るものだ。実際、恵泉の教員の業績や教育活動がマスメディアで取り上げられる回数は他の大学に比べて圧倒的に多い。広報されるに値する個性的な内容を持っていることは恵泉の強みであり、個性のない大学では使えない広報手法を打てるのだ。
だが、広報の手段は他にもある。たとえば恵泉はテレビドラマのロケにキャンパスを使わせることが多い。ロケ場所の提供協力をする場合、入試広報室では二つの条件を課している。まず番組の中での大学名の表示だ。対価を払わずに大学名が番組の中で流れ、広く視聴者の眼に触れるので、これは基本的な大学広報となる。とはいえ大学名が出てそれだけでオシマイであれば広報効果は弱い。実は現在、恵泉の広報活動の核に位置しているのは公式HPだ。番組の中で登場したキャンパスの雰囲気が気に入って、番組の最後に表示された大学名をインターネットで調べてみる、すると全国の女子大の中で最も分厚いコンテンツを擁する公式HPが検索され、キャンパスに興味を持った視聴者は更に恵泉のことを知ろうとするだろう。公式HPのページを幾つかみてくれれば、個性的な教育や、ユニークな活動をしている教員を知ることにもなるはずだ。
そして入試広報室がドラマの制作会社に呈示するもうひとつの条件とは、ロケ場所を提供していることを大学独自の広報活動に利用することへの許諾だ。こうしてロケ活動を公式HP内のブログなどで紹介するのは、更に一歩踏み込んだ広報手法で、番組名や出演俳優の名で検索をかける人たちを恵泉のHPに誘導することができる。ドラマがきっかけになって公式HPを訪れたひとは、確かにまずはドラマロケを特集したブログを見る傾向が強いが、それだけに留まらず、公式HPのメインコンテンツである恵泉教育の紹介部分もブラウズしてゆく。
対角線に位置する、もうひとつの「広報」
このようにドラマのロケに協力する活動もまた大学広報の一翼を担っている。ノウハウなので詳しくは書けないが、ドラマのロケが、一部のファンの間で話題になる段階を越えて大学広報の実質部分に役立っているか、恵泉の広報スタッフはきちんと調査し、分析している。そうした分析に基づいてロケ場所の提供が行われ、公式HPの中にロケ関連のパートが作られていることは言うまでもない。
たとえば『ROOKIES』のように男子高校生を主人公とし、女子大である恵泉とは遠く思われるドラマであっても、ロケ場所提供が大きな広報効果をもたらしてくれた例は過去に少なくない。恵泉の存在を知らない生徒は当然のことながら受験先として恵泉を選ぶことができない。結果的に、もしも恵泉に入学していれば、潜在させていた可能性をもっと伸ばせたのにそれができなくなったケースもあるだろう。何も手を打たなければそんな残念な結果に至ってしまう高校生に向けて、恵泉の存在を知らせる必要が広報活動の中にあるからこそ、通常であれば恵泉と結びつきにくい「意外な」番組を広報のメディアとして用いる価値もある。キリスト教主義の高校に通う生徒や、環境コンシャスな高校生など、恵泉に比較的近いところに位置する人たちに「恵泉らしさ」を伝える広報活動とはあえて別の手法を「対角線」的に組み合わせる必要もあるのだ。単に有名なイケメン俳優が出ているからとか、ミーハーの受験生を狙って番組ロケに協力しているわけではない。広報とは様々な手法を組み合わせた「システム」であり、システム全体として広報効果を最大化することを目指す。番組収録への協力は、そうしたシステムの中の要素のひとつなのだ。
とはいえ、『ROOKIES』の時のような冒険的なロケ場所提供方法は今や難しくなった。ROOKIES撮影時には統廃合された南野高校跡地を恵泉が取得した直後で、まだ校舎やグラウンドを使い始めていなかったので、ロケに提供するにも気軽だった。今や元南野高校校舎は教室として使われているので、学生の安全を守り、教育を優先するとロケ場所を提供するとしても可能性は限られる。他大学では話題になるのでロケの依頼があればすぐにも受けるところもあるようだが、恵泉の場合、ネガティブ・イメージが勝って本来の広報の目的を踏み外さないか慎重に考慮するだけでなく、大学教育への支障がでないように周到に検討してドラマの制作に協力するかしないかを決めている。恵泉の入試広報室は多くの経験を積んでロケを広報に用いる手法のプロとなっており、そこでは他大学の追随を許さないはずだ。
マジすか学園2のロケ場所に
そうした限られた可能性の中で選択されたのが、今回の『マジすか学園2』の番組ロケへの協力だった。時期的に春期休業中であり、未使用のプールや屋上、教室を使うという条件だったので依頼を受けることができた。撮影中に3・11があり、交通機関が寸断されたためAKBのメンバーがキャンパス内でビバーク(緊急避難宿泊)する「事件」も起きたが、無事、撮影は終わった。
番組と連動したブログは放送局との協定で撮影に支障を来さないようロケが始まってから時間差をおいて公開された。知名度の高いAKB48出演の番組ゆえに公式HPへのアクセス誘導も進んだ。そして、極めつけはAKB出演のドラマのロケにキャンパスを提供している手法がJ-castニュースに取り上げられ、それがさらにYahooのニュースにトップに取り上げられたことだ。結果的に一晩で100万単位の閲覧があったはずだ。
ところが――、それから数ヶ月後に恵泉の現役学生から問い合わせを受けた。
彼女たちにしてみれば、AKB48が出る学園ドラマと自分たちの大学のズレが気になるようだ。「マジすか学園によって、本学の良さ、特色、個性、が伝えられるとは微塵も思えず、このドラマが恵泉のPRにふさわしいとは断じて思いません」。入試広報室に寄せられた手紙にはそう書いてあった。特にネットのニュースサイトらしく記事の後ろにコメント欄が設置されていたのだが、そこにドラマ制作に協力することに対して批判的なコメントが寄せられていたことが気になったようで、「これらのコメントについて、どうお考えになるのかを伺いたい」ともあった。
そうした問いかけに対して、なぜロケ場所提供を行うのか、ここに書いたことを実際に面談しつつ話した。ROOKIESの舞台となった「二子玉川学園」と同じく、「マジすか学園」が恵泉に似ているなどと思っている教職員はもちろん誰もいない。ロケへの協力はあくまでも恵泉の名を知らせるきっかけ作りのひとつに過ぎず、広報システムの中の一要素でしかない。中傷コメントの書き込みについては、それを恵泉の学生が眼にすれば気になって当然だが、一般のネット閲覧者はそうした「人目を惹きたいがためにする中傷」が、しばしばコメント欄に書き込まれることには慣れている。それだけを印象に強く残し、ネガティブ・イメージが膨らむことはないだろう。実際、Yahooに取り上げられる前後の公式HPへの閲覧状況は詳細にチェックされており、ロケに関するブログだけ読むのではなく、大学について知ろうとする訪問者が多くいたことが確かめられていたことも説明した。
その時点で説明の全てに納得してもらえたわけではないだろう。しかし意識にずれがあることをむしろ貴重なものとしてそのまま受け止めたい。長く報道の仕事に関わり、情報に対して社会がどのように振る舞うか「マス」の観点から考える癖がついてしまっている筆者や、プロに徹して結果をなにより重視する広報室のスタッフたちが失いがちな、細やかな感性を彼女たちは持っている。ロケを広報に使う手法が功を奏していることが、たとえ統計的手法で裏付けられるとはいえ、彼女たちが胸を痛めたという事実は、その広報手法にまだまだ改善の余地があることを示しているに他ならない。
それは、彼女たちが自分たちの大学の広報活動について、他人ごとだと思わずに大学の未来を真剣に心配してくれ、意見を大学側に伝えてくれたおかげで気づけたことだ。こうしたコミュニケーションがありえること自体が「恵泉らしさ」のひとつでもあり、自分たちの大学の学生自身の感性に基づくアドバイスも受けつつ、更に高次元での広報活動の実現に向けてゆきたいと思っている。
「隗より始め」る広報へ。
話し合いをもった時、彼女たちは知人からYahooニュースに載っていたことを他の人から教えられたのが悲しかった、大学から直接知らせて欲しかったと言っていた。確かにここに書いた説明をきちんと学内に向けても知らせるべきだったのだろう。確かに「隗より始めよ」である。学生から手紙を貰った時点で既に後手に回っており、そのうえ春学期末の業務に忙殺されて更に遅れてもしまったが、夏休みの今、彼女たちと約束した、『マジすか学園2』ロケを巡る経緯について説明する宿題にようやく手を着けることができた。