蛍の光をたずねて
恵泉は東京が戦後に実施した大規模な宅地開発プロジェクトとして作り出された「多摩ニュータウン」の南端に位置する。つまり大学より北側は、都市計画に基づいて公園緑地や集合住宅が整然と配置されているエリアとなる。
しかし大学は境界線にあり、そこより南はニュータウン開発計画の対象に含まれず、昔ながらの美しい里山の光景が広がっている。
教会前で集合したゼミ生を引き連れて校門から出た後は、進路を南に取る。多摩丘陵の谷戸に作られた水田や畑の間を道は抜けてゆく。ニュータウンが作られる前の多摩はこうした風景だったのだ。
そのうち夜の帳が少しずつ降りてくる。次第に濃さを増してゆく闇の中に、学生たちは明滅する光を見つける。それは...ホタルの光なのだ。里山の中にあるホタルの自生地を訪ねるのが、夕方に出発するピクニックの目的なのだ。東京でありつつ、僅かに歩けば自然の中で生きるホタルを見ることができる、それは恵泉の誇るべき教育環境なのだ。
ホタルは音に敏感なので、静かに、静かに見るようにーー。そんな事前指示も不要だったかもしれない。東京育ちでホタルを見るのは初めてという学生が多かったが、はかなく瞬くホタルの光に思わず息を呑み、声なき声で感動を示していた。
村上春樹の『螢』
ホタルで思い出すのは、『螢』という村上春樹の短編だ。主要な登場人物は「僕」と「彼女」、そして、かつて「彼女」の恋人であり、「僕」の親友だった男性だ。男性は既に自殺してこの世にいない。だが「僕」と「彼女」はいまだに彼の死を引きずっている。その喪失感を癒すべく「僕」は「彼女」と、束の間の関係を持つが、むしろ「彼女」の心の傷を深めてしまうーー。
こう書くと、そうかと気づく人も多いだろう。84年に書かれた『螢』は、後に大きく書き足され、『ノルウェイの森』と改題されて、戦後の一大ベストセラーとなる作品だ。昨年にはフランス人監督の手で映画化もされた。
しかし、『ノルウェイの森』として加筆される前の『螢』の段階では、遠く離れていった「彼女」からの手紙が、東京で大学に通う「僕」のところに届くところで物語は終わっている。
その手紙を何度も繰り返し読んだ後、「僕」は、大学寮の同居人が瓶の中に捕まえていたホタルを、大学寮の給水塔の上に登って逃がしてやる。
「その光の軌跡は僕の中に長く留まっていた。 目を閉じた厚い闇の中を、そのささやかな光は、まるで行き場を失った魂のように、いつまでもさまよいつづけていた」
ホタルを見ながら「僕」は、自らを優しく包み込んでくれる安らぎを得られず、さまよい続ける「彼女」の魂を思う。
ホタルの光に何を思うか
学生を連れてホタルを見に行く前には、実は心配していた。今年はもうホタルが見られないかもしれないと思ったのだ。他でもない、原発事故のせいだ。
ホタルは環境の変化に敏感で、農薬が流れ込む小川では生息できない。今回の事故で、多摩地区に降った放射線量はごく僅かであり、人体や、農作物への影響はなかったが、農薬に弱いホタルに、放射線がどのような影響を及ぼすかは、未経験なことゆえに分からなかった。
だから、闇の中に淡い緑の光の点滅を見たときにはほっとした。政府発表では東京の放射線量は少ないが、風向きなど条件によっては高めの場所もあり、また危険を煽り立てる風評も聞かれるのでやはり不安は不安だった。ホタルの光はそんな不安な気持ちをも鎮めてくれるように感じられた。
しかし、その生の確認は、一方で死の確認でもある。
原発事故があった今年の夏もいつもと変わらずに出現してくれたホタルだったが、その光が、残り僅かしか残されていない寿命を燃やすいのちの灯である事情は毎年と変わらない。
そして、放射線よりも都市化の方が、ホタルにとっては遙かに深刻なリスクとなるのかもしれない。農薬や生活排水はもちろん禁物だが、一方で澄み切った清流が良いわけではなく、餌となるカワニナが食べる藻が適度に育つ水環境がホタルの生息には必要だ。そうした環境を成り立たせている微妙なバランスはいつ崩れるかわからない。ニュータウン計画の中で開発されることこそ免れたが、今後もホタルが生息し続けるかどうかは、その意味で予断を許さない面がある。
いのちを学ぶ教育を目指して
このホタルの自生地のことを教えてくれたのは里山保全運動にも関わり、97年から恵泉で教鞭をとっておられた動物学者の新妻昭夫先生だった。新妻先生が学生を連れて鑑賞会を行っているのに刺激を受けて、他の教職員も少しずつホタルを見に行くようになった。新妻先生は昨年ガンで亡くなってしまったが、今年も先生の後を継ぐようにホタル鑑賞会が幾つか実施されていた。私が学生を連れて出たピクニックもそのひとつなのだ。
すっかり夜の帳が降りて月明かりが幽かにあたりを照らしている。学生たちにも、困難な状況の中で精一杯生きているホタルの懸命さが伝わってくるのだろう。だからこそ、誰もがホタルの光を、息を呑んで静かに見守る。
村上春樹への「螢」への連想に次いでもうひとつ思うこともあった。
ホタル鑑賞に出かけた日、福島県南相馬市の緊急時避難準備区域に住む93歳の女性の自殺を新聞が報じていた。遺書には「お墓にひなんします」の言葉があったという。
緊急時避難準備区域は事故が再び深刻化すればすぐ逃げなければならない。同居していた長男夫婦が「一緒に行こう」と言ったが、女性ははっきりした返事をせずに言葉少なだったそうだ。遺書には「老人は(避難の)あしでまといになる」ともあったという。
原発事故の影響を思えば、発電所から近くのエリアでは避難措置もやむをえない。しかし、生ははかなく、僅かなことで死と入れ替わる。だからこそ生命を守るはずの避難措置が逆に死を招く原因になることもある。
それぞれの生命があること自体が奇跡なのであり、それゆえに人生の多様さを尊重する姿勢を、被災の大きさに圧倒されつつも忘れずにいたい。そんなことを明滅するホタルの光を見ながら改めて思っていた。
それぞれの学生がホタルを見て思っていたことは分からない。しかし具体的な内容はともかく、いずれもが生と死について思いをはせていたことは間違いないと思っている。恵泉では「いのちの教育」を重視している。大学教育の入り口になる一年生必修の「生活園芸」では、学生が二人で組んで自分たちの畑を担当し、野菜を育てる。
夜更かしした翌朝でいかに起きるのがつらくても、どんなに満員電車の通学がしんどくても、自分が畑に来て面倒をみなければ育たないいのちがあること、それを実経験の中で学ぶのが生活園芸の授業だ。
まさに言葉通りに手塩にかけた野菜が収穫できた時の喜びは大きい。しかし中には懸命に面倒をみたのに育たないいのちもある。それもまた重要な経験として学生の心の中に積み上がってゆく。
「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している」。村上は『螢』にそう書いていた。ホタルは、そうした生死を巡るリアリティを切実に伝えてくる。ホタルを見たゼミ生の中には生活園芸の授業での経験を思い出していた者もいただろう。新妻先生を思い偲んでいた学生もいたかもしれない。いずれもが、いのちの在り方について、それぞれのやり方で思いを寄せていたのだろう。