1. マグダラのマリア
左下に置かれているものは、「香油壺」です。これが描かれた聖人のアトリビュートです。このような「物」が示す象徴や寓意を知るために便利なのが、参考文献に挙げたホール『西洋美術解読事典』です。この事典を調べると、「香油壺」という項目はありませんが、「壺」ならのっています。その項目を読むと、マグダラのマリアとイレネのアトリビュートが香油壺だとわかります。それぞれの人物について、同じ『西洋美術解読事典』で調べると、マグダラのマリアが描かれた人物であると特定します。
また、もし手元に『西洋美術解読事典』がなくても、カラヴァッジョの画集を調べると、作品に描かれた女性がマグダラのマリアであることがわかります。
次に、「香油壺」がマグダラのマリアのアトリビュートである理由を考えてみましょう。聖書の人物を描いた絵について調べるときは、『西洋絵画の主題物語』も参考になります。マグダラのマリアについては次のような逸話があります。マグダラのマリアはかつて娼婦でしたが、キリストに出会い改悛します。その時に、自分のもっていた高価な香油(今でいう香水です)を、惜しみなくキリストの足に塗りました。また、カラヴァッジョの絵で、彼女が長い髪をたらし、足元に高価な宝飾品が置かれているのも、彼女が娼婦であったことを暗示しています。
誰でも後悔はあるものです。マグダラのマリアは最も大きな崇敬を受ける女性聖人となりました。しかしその物語は、実は複数の「マリア」という人物の逸話が混同されてできたものとも言われています。興味のある人は、岡田温司『マグダラのマリア』、中公新書、2005年などを読んでみてください。
2. 大天使ミカエル
天秤は、左右に乗せた物を比べて判断を下すもの、絵画のなかでは「審判」や「正義」の象徴になります。この天秤をアトリビュートにするのが大天使ミカエルです。西洋絵画のなかでミカエルが頻繁に登場するのは、《最後の審判》の図像です。この世の最後の日、キリストが地上に再び降り立ち、人々を審判にかけます。その先鋒となるのが、大天使ミカエルです。彼は時に剣を持ち、正義のために力を振るう天使でもあります。《最後の審判》を描いた作品は、数多く制作されました。そのなかでミカエルの姿を探してみてください(ミカエルを描いていない《最後の審判》もあります)。参考にあげたのは、15世紀の画家、ロヒール・ファン・デル・ウェイデンのものです。
どうでしたか?美術とキリスト教の関係について、新しい発見はあったでしょうか。美術を始めとする文化や歴史に興味がわいたら、歴史文化学科のページも見ていってください。世界各地の文化と歴史を扱った「世界遺産ブログ」なども更新中です。
伊藤拓真(西洋美術史、イタリア・ルネサンス美術)