ギリシャは何故破産しないのでしょうか? 第4回 英語コミュニケーション学科
2021年12月24日
ゼミ/授業名:桃井ゼミ
現在の私は「英語コミュニケーション学科」の教員ですが、元々、写真家として、ドキュメンタリー作家として、世界140カ国を訪れ、様々な社会問題の現場【紛争、戦争、環境破壊、飢餓など】を取材してきました。
これらの経験を基に、今「世界はどのように動いているのか?」「地球はどのような状況にあるのか?」を学生たちに伝えています。それが私の担当する「表現力実践講座」や「国際情勢論」などの授業要旨です。
グローバル化した現在の世界では、国や人種、文化や歴史の違いを越えた高度なコミュニケーション能力が求められています。そうした能力の獲得を目指した恵泉の「英語コミュニケーション学科」では、「英語」+「コミュニケーション」というキーワードで、多彩な経歴を持つ教員が、きめの細かい教育を実践しています。
私が担当するこのブログでは、世界の取材の現場で多様な人々と出会い、交流を重ねた経験から見えてきた「コミュニケーション」を改めて考察します。
ギリシャは何故破産しないのでしょうか? 第4回
アトス自治修道士共和国
何故か破産しないギリシャを巡る思索は終盤を迎えます。
EUなどが、ギリシャに貸した36兆円ものお金の返済を強く迫れない理由はその他にもあります。
それが「宗教」です。
EUは事実上キリスト教を基盤にしてできた共同体です。
そのキリスト教には、大きく分けると「カトリック」と「プロテスタント」、それに日本ではあまり知られていませんが、世界に3億人の信者がいる「正教会(東方正教会)」という3つの流れがあるのです。
EUの中心国ドイツ、フランスは、カトリックとプロテスタントで、人口の50%を占めています。一方、ギリシャは「正教会(ギリシャ正教会)」が国教で、国民の90%が正教徒です。
正教会とは、ビザンティン帝国(東ローマ帝国)の国教で、それぞれの国名が最初につくため「ギリシャ正教」「ロシア正教」「ウクライナ正教」「日本ハリストス正教」と呼ばれていますが、すべての国別「正教会」は、まったく同じ信仰を守っており、世界中央組織は公式に、トルコ・イスタンブールにあるコンスタンチノープル総主教庁が担っているのです。
しかし、トルコとギリシャは「過去」も「現在」も反目しあう関係にあるため、併設された「聖ゲオルギオス大聖堂」は、20 ~ 30人集まると一杯になってしまう程度の大きさしかありません。
正教会にとって最も大切な精神的な支柱とも呼べる場所が、ギリシャのエーゲ海に面した場所にあるユネスコ世界遺産「アトス自治修道士共和国」、通称「アトス山」なのです。
アトス山は、ギリシャ国内にありながら、「共和国」とあるように、自治が認められているため、入るためには特別な許可証が必要になります。
入ることができるのは、1日2千人の正教徒男性で、正教徒でない人は1日8人程度しか入場が許可されません。あえて男性と記した訳は、宗教上の理由から、アトス山内は厳格な女人禁制で、家畜を含め、すべてが雄に限られているからなのです。
アトス山に行くための道路はありません。訪問する人は、近くの町から船に乗ることになります。
この場所を2016年に訪問したのが、ロシアのプーチン大統領でした。
冷戦の終焉と共に、共産主義イデオロギーを放棄したロシアは、プーチン大統領の下で宗教を国家統合の理念とする「正教大国」と表明しているのです。(「宗教・地政学から読むロシア」下斗米伸夫著 日本経済新聞出版 2016年)
そして、ロシア正教会の信者でもあるプーチン氏は、ギリシャのチプラス元首相との共同記者会意見で「我々は道徳的、精神的価値観を共有している」(朝日2016年5月29日)と、「正教会」という宗教でギリシャとロシアが繋がっていることを強調したのでした。
EUにとってギリシャとは、日本にとっての「京都・奈良」のような存在、いえ、それ以上かもしれません。
仮定の話ですが、もし京都や奈良が経済的に破産したとします。そして、もし他国が京都や奈良を救済する代わりに、買ってしまったら、日本人はどうなるでしょうか?
そもそも京都・奈良が経済危機が明らかになった時点で、日本人は国を挙げて古都救済に奔走するはずです。
ギリシャのチプラス元首相は、ロシアのプーチン大統領を招待することで、それを計っていたのです。
「維持悪な制裁の輪は生産的でない」(朝日2016年5月29日)と借金返済を強く迫るEUの姿勢を批判する一方、ロシアとの「宗教的」な繋がりを世界に誇示したのです。これは暗に『EUが借金返済を強硬に迫るなら、ギリシャはEUから離脱し、ロシア傘下の正教会のグループに行く』というメッセージでした。
「国家」という概念がヨーロッパで誕生したのは、17世紀以降のこと。それ以前のヨーロッパでは宗教が「コミュニティ(共同体)」の基盤で、その中でコミュニケーションが生まれていました。
ギリシャ正教が国教のギリシャは、「正教大国」を自認するロシアに歩み寄ることで、EUへ借金返済を強要しないよう政治的に迫ったのです。これは国家概念が誕生する以前の「宗教コミュニティ」を現代に蘇らせるギリシャの秘策でした。そしてこれが、経済的な困窮を極めながらもなお、ギリシャが破産しない最後の理由だったのです。
担当教員:桃井 和馬
恵泉女学園大学特任教授 写真家、ノンフィクション作家 これまで世界140ヵ国を取材し、「紛争」「地球環境」「宗教」などを基軸に「文明論」を展開している。テレビ・ラジオ出演多数。第32回太陽賞受賞。公益社団法人「日本写真家協会」会員。主要著書に「和解への祈り」(日本キリスト教団出版局)「もう、死なせない!」(フレーベル館)、「すべての生命(いのち)にであえてよかった」(日本キリスト教団出版局)、「妻と最期の十日間」集英社、「希望の大地」(岩波書店)他多数。 大学では、「表現力実践講座」「国際社会論」「国際情勢論」などを担当。