「ピースサイン」の本当の意味 英語コミュニケーション学科

2022年03月08日
 ゼミ/授業名:桃井ゼミ

私は「英語コミュニケーション学科」の教員ですが、元々写真家として、ドキュメンタリー作家として、世界140カ国を訪れ、様々な社会問題の現場【紛争、戦争、環境破壊、飢餓など】を取材してきました。
これらの経験を基に、今「世界はどのように動いているのか?」「地球はどのような状況にあるのか?」を学生たちに授業やゼミを通して伝えています。
グローバル化した現在の世界では、国や人種、文化や歴史の違いを越えた高度なコミュニケーション能力が求められています。そうした能力の獲得を目指した恵泉の「英語コミュニケーション学科」では、「英語」+「コミュニケーション」というキーワードで、多彩な経歴を持つ教員が、きめの細かい教育を実践しています。私のゼミ紹介では、「コミュニケーション」を様々な角度から考察します。

「ピースサイン」の本当の意味

ボディー・ランゲージは、コミュニケーションにとって大切なツールです。

そのひとつに、人差し指と中指を使ったピースサインがあります。「ピース」、つまり「平和」を意味するサインとして日本では、写真を撮る時の定番ポーズでしょう。

しかし、世界ではまったく異なる意味を持っているのです。

イラク取材をしている時、現地の人々が私のカメラの前でとる定番のボディー・ランゲージが、人差し指と中指で作る「ピースサイン」でした。

2015年に訪れたイラク北部アルビルという街の郊外には、テロ組織「IS(イスラム国)」の暴力から逃れて来た避難民たちの仮設テントが立ち並んでいました。そこで生活する者たちは皆、着の身着のままこの避難場所に逃れて来ていたのです。

私が日本からの取材者だと分かると、多くが理不尽で、際限の無いISの暴力を詳細に語ってくれました。

そして最後にカメラを向けると、私のレンズに向かって多くの人が、この写真のようなサインを作ったのです。サインの意味は『絶対にISの暴力には屈しない』=勝利する! との意気込みを表すVictory サインでした。つまり日本人が考える「ピース」と正反対の意味を持ったボディー・ランゲージだったのす。

これと同じことは、ヨーロッパのサッカー・スタジアムで何度も体験しました。ヨーロッパはどの国でもサッカーが盛んです。

2014年まで40年近くスペインの国王だったファン・カルロス1世は、小さい頃から本気でサッカー選手になりたかったそうです。しかし、その才能に恵まれなかったため、しょうがなく国王になったというのです。

スペインだけでなく、フランスやイギリスでサッカーの試合を見てきましたが、どのスタジアムでも、相手チームに向かって、多くの観客がVサインを送っている光景を目にしたのです。もちろんこれも、相手チームに「勝つ!(Victory!)」という意味。

英語のVictory がヨーロッパ全体に広がったきっかけは、第二次世界大戦中のヒトラー独裁への抵抗運動「V for Victory」だと考えられています。その流れの中で、イギリスの首相ウィンストン・チャーチルも、公の場で事ある毎に、ヒトラーに勝つ意味を込めたトレードマーク「Vサイン」を作り続けたのです。

そうした背景を知った上で、2020年9月1日の朝日新聞「2020年米大統領選 トランプ氏の権力」という記事を読むと、記者の方が文化的背景を理解していないことが分かります。

記事の内容は次の通りです。

トランプ前米大統領の盟友であるロジャー・ストーン氏は、偽証罪などで禁固3年4ヶ月の実刑が確定していたが、この日、トランプ氏が大統領権限を使い友人の刑を免除したのです。つまりロジャー氏の「ピースサイン」とは、日本流の「平和」を意味するボディー・ランゲージではなく、彼に実刑を出した司法省に対しての勝利の「Victoryサイン」だったわけで、これを説明しないと読者に誤解を与えてしまうでしょう。

英語コミュニケーション学科では、英語圏を中心に世界の社会背景をも学びます。そうした知識がないままでは、時に相手との間に大きな誤解が生まれてしまうからです。

担当教員:桃井 和馬

恵泉女学園大学特任教授 写真家、ノンフィクション作家 これまで世界140ヵ国を取材し、「紛争」「地球環境」「宗教」などを基軸に「文明論」を展開している。テレビ・ラジオ出演多数。第32回太陽賞受賞。公益社団法人「日本写真家協会」会員。主要著書に「和解への祈り」(日本キリスト教団出版局)「もう、死なせない!」(フレーベル館)、「すべての生命(いのち)にであえてよかった」(日本キリスト教団出版局)、「妻と最期の十日間」集英社、「希望の大地」(岩波書店)他多数。 大学では、「表現力実践講座」「国際社会論」「国際情勢論」などを担当。

桃井 和馬