ファンタジーと卒業論文 英語コミュニケーション学科
2022年03月14日
ゼミ/授業名:高濱4年ゼミ
先日(3月11日)に卒業式がありました。学生たちはつい最近まで卒業論文の完成に向けて大変な努力をしてきました。私のゼミ生も同様です。卒業論文のテーマとしてファンタジーは人気で、今年度のゼミ生にもこれを題材にしたものがありました。
ファンタジーといえば、『ハリーポッター』シリーズを思い浮かべる方も多いでしょう。1997年に第1作目『賢者の石』が出版されて以来、世界中でたくさんの人々を魅了してきました。今年度提出の論文は、日本にも『ハリーポッター』と同じくらい魅力的なファンタジー作品が生まれているという趣旨の研究でした。
とはいえ、ファンタジー文学の傑作の多くがイギリスで書かれたのも事実です。なかでも『指輪物語』はその後のファンタジー作品に大きな影響を与え続けているように思います。映像化(『ロード・オブ・ザ・リング』2001~2003)されたこともあって、その内容をご存じの方も多いでしょう。主人公のフロドが強い魔力を持った指輪を手にしたことから、世界の絶対的支配をもくろむサウロンとの闘いが始まります。そして、サウロンに指輪が奪われて悪用されることがないように、フロドは仲間とともに指輪を葬り去るための旅に出ます。
作者J.R.R.トールキン(1892 - 1973)は古い時代の英語を中心に中世の言語を研究するオックスフォードの学者でしたが、現代人に中世という時代をリアルに理解してもらうにはファンタジーが相応しいと考えて、このような作品を書いたと言われています。そのためか、主人公に寄り添う魔法使いのガンダルフ、妖精のエルフやドワーフなど、いかにも中世を連想させるファンタジー系のキャラクターが数多く登場して重要な働きをします。
実際には、『指輪物語』は戦いの連続です。フロドは自ら望んで戦いに出向いたわけではありません。作中には、「なぜこのわたしが選ばれたんでしょう」と問うフロドに対して、「そのような問いは、だれにも答えられん。・・・しかしすでにあんたは選ばれてしまった」とガンダルフが語る場面があります(「旅の仲間」)。そして、フロドは運命のままに冒険を続け、その過程で過酷な経験を繰り返し、深く傷ついてしまいます。その陰惨なストーリー展開は、若き日の作者が第1次世界大戦に従軍して多くの苦難を味わい、友を失っていく姿を描いた伝記的映画『トールキン 旅の始まり』(2019)と重なります。
ところで、物語で大事なアイテムとなっている指輪は、これを身につけた者の姿を消す魔力をもっています。その不思議な力からは、プラトンの哲学作品『国家』のなかに出てくる「ギュゲースの指輪」が連想されます。指輪にその所有者の姿を見えなくする力があるところは、『指輪物語』と共通しています。この指輪をめぐって、哲学者プラトンは〈力は正義か〉という大問題を論じていきます。『国家』のなかで、力の信奉者であるグラウコンは、誰にも気づかれずに悪事を働くことができるならば、誰しもそうするのではないかと問います。正義などといっても、しょせんは権力者によってどうにでもなるのではという疑問が投げかけられたのです。もちろんプラトンの結論は、力は正義ではなく、力によっては思い通りにできない正義の基準があるというものでした。『指輪物語』のなかのフロドもまた正義を信じます。わたしたちにも同じ問いが向けられているように感じます。『指輪物語』の架空世界はどこかで現代社会とつながっていて、こうしたことを考える刺激を与え続けているようです。
担当教員:高濱 俊幸
ヨーロッパの歴史、政治学などを担当しています。さまざまな視点から過去と現在を比較することで、私たちの生きる今日がよりよく見えてくると考えます。専門の研究分野は近代政治思想史です。